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【不法占拠】船橋市南本町44番地「都疎浜」のバラック群が見たくて【疎開の浜】

今から75年以上も前、昭和20(1945)年8月15日に終戦を迎え、GHQの占領下による間接統治が始まり、混乱を窮めた日本社会の敗戦ムード一色の沈んだ空気の下で人々はどん底の生活を強いられる事になる。ある人は戦災で家を亡くし、またある人は家族を失い、衣食住全てに困窮し、明日生きられるかも分からないギリギリの毎日…

そこで全国の都市部には、“戦後のドサクサ”と我々がいつも呼んでいる、住宅難から他人の土地や河川用地などに勝手にバラック小屋を建てて暮らす人々の集落があちこちで現れだした。しかしそんな光景も高度経済成長期を通り過ぎて昭和の末期になると殆どその姿を消して、我々の世代が現実的にそうした場所を肉眼で見られる機会というのは、ほんの僅かとなっていた。

そうした庶民生活の負の遺産である不法占拠バラックについて、首都圏や関西を中心に数々見てきた当方からして、川崎の戸手四丁目や池上町、京都宇治のウトロ地区や伊丹の中村地区といった有名な場所はともかく、首都圏において最も印象深く残っているのが千葉県船橋市にある「都疎浜」という地域だ。

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