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【川崎市】川崎臨海部の乾いた街並み…浜川崎駅前「鋼管通」の街並みを見る(2009年)

川崎コリアタウン「おおひん地区」を抜けて辿り着いたのは産業道路「鋼管通り交差点」。京浜工業地帯の中核を成す川崎において街の名前が鋼管だったりセメントだったりゴムだったりするのはそのまま街の歴史を物語っているようでもある。

実際に「川崎区鋼管通」という地名が存在しているのだが、この鋼管とはもちろん「日本鋼管(現JFEスチール)」を意味している。明治のセメント王・浅野総一郎率いる浅野財閥がわずか一代で築き上げた「京浜工業地帯」の中心を成す存在である。

鋼管通り交差点から路地に入ると、南武支線浜川崎駅へ続く道になる。このへんも殆ど廃墟同然の佇まいを見せているが、一部分だけ住宅が残っている。

そのうちの一軒には何やら怪しげな「阿弥陀寺」の看板が掛かっている。ネット上でもさっぱり情報が分からない。個人の趣味なのか、それとも在日コリアンが運営しているシャーマニズム寺院なのか、全く謎のままだ。

その目の前の砂利敷きの空き地には「鋼管通5丁目ふれあい緑地」とあるが、子供はおろか人っ子一人いない。ふれあい感は皆無である。

むしろこの場所でふれあえるのは朽ち果てた民家の跡と錆色の鉄の塊が織り成す退廃的な街の風景である。

何気にこんな場所にも臨港バスのバス停があるのだが、向かい側が車庫になっていたのだ。路線図を見ると一部綱島や新横浜行きのものがある以外は殆ど川崎市南部と横浜の鶴見にしか走っていない京急系列の民間バス会社である。

その先で貨物線の線路をくぐるように進む。見た目にも桁下制限高の低いガード下だが、時折やってくる貨物列車が頭上すぐの場所をかすめるように走るので相当な迫力がある。

ガード下を跨いだ先には引き続きハードな光景が続きます。というか「川崎ハード」です。きっと零細経営の工場でしょう。ただただひたすら、錆色の町。ハードコアシティ川崎。

道はJFEスチールの前で右に折れ、同社の敷地に沿うようにオンボロ民家が立ち並ぶ。完全に昭和30年代かそこらで時間が止まっている。散髪屋などがひっそりと開いていたりするが、他の店舗は恐らく旧日本鋼管関連の業者のものだろう。やはり寂しい風景ばかりであることに変わりはない。

JFEスチール側の敷地にも、一体いつのものか分からない倉庫風の建物がある。もちろん一般人が無断で入れるような場所ではないので、あくまで外から見るだけであるが…

もう一箇所、貨物線の下を潜るガードを発見する。先は産業道路に繋がっている。

下宿用のアパートだろうか、まだこんな場所にも人が暮らしている建物があった。傍らにはプロパンのボンベが並べられている。この辺って未だに都市ガスがないのね。つくづく開発の波から取り残された「都会の田舎」っぷりを見せ付ける地域だ。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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