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昭和の面影・東四つ木「木根川商店街」が激渋な件

スカイツリー至近の墨田区八広の皮革産業地帯から木根川橋を渡り荒川を跨いだ川向かいは葛飾区東四つ木。そこもまるで見捨てられたかのような海抜ゼロメートル地帯の下町空間が広がっている訳であるが、その一角にこれまた廃クオリティな昭和の商店街の残骸らしきものが残っているので見に行ってきた。

荒川河川敷からも程近い東四つ木一丁目の木根川小学校近くの路地にその商店街はあった。道路に面してトタン張りの壁が一面に貼られている2階建て長屋の建物。その名も「木根川商店街」である。



見た目にも戦後の佇まいがそのまま残るといった感じだ。現在は表に散髪屋が一軒、奥に中華料理屋が一軒店を開けているだけ。もはや商店街と呼ぶには心許ない。

木根川商店街と書かれた看板はよく見るとうっすら「宝商店街」と文字が残っている。昔は宝湯という銭湯がこの商店街を潜った奥にあったのでこの名前が使われていたらしい。

建物中央の通路に入ってみると案の定両側に住居兼店舗の長屋が連なっている光景。建物の間の天井には豆電球が吊り下げられた骨組みだけが残る。昔は屋根付きだったのかもな。そして殆どの店は既に空き家になっていた。

なおかつ道路に面した入口部分の二階は渡り廊下のような形状になっている。実際に渡り廊下なのか部屋に使ってるのか外側からよく分からんのだが、真下にある現役の散髪屋が使ってそうだよな。

しかも全長30メートルくらいしかない非常に短い「商店街」である。最寄りの四ツ木駅からも徒歩10分以上掛かる場所で、駅前の渋江商店街ですら廃墟状態の店が沢山あるのにこの場所まで来たら寂れ方が酷いのも当然の事か。

かつて住居部分だったと思われる二階の窓を見ても生活の匂いは感じられない。かなり前から商店街としての役目は終えてしまったのだろう。

外観は粗末な商店街にも拘わらず、その中でも比較的ちゃんとした佇まいの店構えが残る蕎麦と天麩羅の「宝や」の店舗跡。宴会も受け付けてた程だから結構でかい店だったようだ。何年前から店を畳んでしまったのか。

廃業した店の建物は部分的に傷みが激しく、この店なんか二階のモルタル壁が剥がれ路上に落ちていたり、店舗部分がごっそり封印されていたり既に末期的な状況を呈している。そのうち地震で倒壊しそうな勢いだな…

下町らしく赤提灯な感じの飲み屋の残骸も残ってますよ。鳥料理のつる家。葛飾釣クラブ連絡所も兼ねてたらしいけどメンバーはどこへ消えた?

昭和丸出しの渋すぎる看板がそのまま店先に残されていた。ひからびて看板のペンキが剥がれかかってます。

そして木根川商店街で唯一現役で営業している食い物屋「中華料理宮城」。東北の宮城なのか沖縄の人なのかどっちか知らんですが…

中華料理屋の店先で飼われている看板猫、まるで犬のように首輪に紐付きにされていたが大人しく店先にちょこんと座っている。

通ってきた商店街振り返ればこの通り。中華料理屋と散髪屋が店を畳んでしまったら恐らく取り壊しは免れないだろう。ここは忘れ去られた下町の忘れ去られた商店街。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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