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漁村の名残り「浦安」 (3) フラワー通り

浦安駅から南へ歩き、猫実の庚申塔などがある一角を通り過ぎて境川を跨いだ先に「フラワー通り」という古い商店街がある。

いまや商店街と呼ぶのもいささか躊躇われるような寂れっぷりを見せている場所だが、東西線開通前の漁村だった頃には浦安の街で最も栄えていた商店街で、昔は「浦安銀座」と呼ばれ両側の店には魚市場が並んで活気を呈していたと言う。



清瀧神社の正面から伸びる細い路地がフラワー通りの入口。いまや殆どの店舗がシャッターを下ろしていて、普通の民家に建て変わった所も多い。

人通りも少なく、街の中心も駅周辺に移動してしまった後なので、たむろしているのが地元のじいさんばあさんしかいないというのが現状。
昔懐かしいテレビ番組「天才たけしの元気が出るテレビ」の企画で微妙に廃れた商店街を盛り上げようというのがあり、その時に出たのがここ浦安のフラワー通りだったそうだ。もう20年以上も前の事で、その当時ですら寂れていたのだから、今となっては商店街自体無くなりそうな勢いになるのも無理はない。

フラワー通りと言いながら花なんかどこにも無いではないかとツッコミそうになるのだが、花の絵が側溝の蓋に描かれているのだ。

側溝の蓋を辿っていくと一軒の大きな古民家の軒先に辿り着く。明治2年に建てられたという市内最古の民家「旧宇田川家住宅」。浦安市の有形文化財であり、内部は無料で見学できる。ちなみにこの裏手にも茅葺き屋根の「旧大塚家住宅」が展示されている。

古民家の隣にひょっこり伸びる銭湯の細い煙突。現在もこのフラワー通りを中心に何軒かの古い銭湯が現役で営業している。

有形文化財指定の古民家に隣接する「末広湯」の横手の道に入る。昭和28(1953)年から続いている歴史ある銭湯で、昔は漁師仕事の汗を流す場所だったようだが、今では近所のじいさんばあさんの憩いの場。
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銭湯の裏手に回ると、そこでは今でも昔と変わらず、薪で風呂を沸かしている様子を見る事が出来る。

この付近の街並みが浦安が漁師町だった頃の名残りを色濃く留める風景であろう。

銭湯の前に掲げられた古い住宅地図。フラワー通りを中心に店舗を示しているが相当昔のもので、現在は残っていない店も多い。

フラワー通りの中程から、境川を跨いだ猫実四丁目との間に「記念橋」が架かっている。川に対して斜めに架かっていて、その先には古い民家があって独特の風情だ。大正8年竣工で、コンクリート橋では市内で最も古い橋である。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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