両国横網町公園・東京都慰霊堂 (1)

総武線に乗り両国で降りる。今でこそ両国イコール相撲といったイメージしか湧かないように駅前には国技館がデデーンと立っている訳だが大相撲にも八百長問題にもさっぱり興味がない我々は国技館をすっ飛ばしてその裏側にある「横網町公園」を目指した。
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両国のある墨田区本所地域は関東大震災、そして東京大空襲と二回も立て続けに街が破壊された受難の地。隣の横網町公園には今も膨大な数の犠牲者を弔う「東京都慰霊堂」の建物がある。


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横網町公園という名前にはなっているが、公園らしい遊具はごく一部にしか置かれておらず、殆どが慰霊施設やその関係施設で占められており、メモリアルパーク的な位置づけにある。
大正11(1922)年、陸軍被服廠が移転した土地を東京市が買収し公園整備しようとした所に関東大震災が発生し、周囲から避難してきた住民がこの公園に一斉に集まったのだが、そこを猛烈な火災旋風が襲い、東京市中の震災犠牲者の半数以上である約3万8千人が一度にこの地で焼け死んだ。想像を絶する地獄の業火である。
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その悲劇の地に「震災祈念堂」が建てられた。本堂の建物は築地本願寺などでも有名な伊東忠太の設計で、建物の随所に動物や妖怪を象ったオブジェがあるのも特徴。
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この建物自体は大空襲時に焼夷弾の嵐に見舞われた本所地域の中にあって戦災を免れている。見るからに重厚な建物は鉄筋コンクリート造、二度と街を壊されたくないという思いが詰まっているようだ。皮肉にも関東大震災の20年後に戦災に襲われたのだが…
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屋根の上には鳥のオブジェが乗っかっている。これが「妖怪趣味」などと言われる伊東忠太スタイル。
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軒下の飾りなどを見ていても、これはライオンの顔かな?と思うような形のものがあったり、動物や妖怪が建物の随所に隠れているのが伊東忠太建築の見所である。
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関東大震災と、その後起こった東京大空襲による死者7万7千人を合祀し、戦後に東京都慰霊堂と名を改め現在に至っている。現在は約16万3400人の遺骨が納骨堂に安置されているのだ。
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慰霊堂本堂の入口。至る所に鳩除けの網が被せられていて入口もすだれが掛けられている。そういえば公園のあちこちで鳩が日向ぼっこをしている。平和の象徴だとか言われていても、静かな祈りの場で糞害に憤慨したくはないものである。
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慰霊堂本堂内部は慰霊施設らしく、中は線香の香りに包まれている。長椅子がずらりと並んでいる様子を見ると、一見キリスト教会のような雰囲気に近いが、祭壇は仏教様式である。周囲には関東大震災、あるいは東京大空襲の当時の様子を綴る写真や絵が展示されている。
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謎の宝玉を抱え込んだ悪魔のような、変な形の照明が目に付く。伊東忠太ならではの「妖怪趣味」が色濃く反映されたデザイン。有名な築地本願寺でもこうした意匠を見かける。

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