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そこ、新宿区新宿って言っちゃいます?旧東大久保「新宿七丁目」の昭和な街並み

「新宿区新宿」という地名を耳にすると、大抵は新宿駅東口あたりであると認識するものだが、駅東口の繁華街の大部分を占める三丁目、ゲイタウンの二丁目、殆ど四谷寄りにあたる、丸ノ内線新宿御苑前駅最寄りで“例のプール”があることで有名な一丁目、そして旧旭町ドヤ街の四丁目、さらに花園神社があり、町域の西側は歌舞伎町と一体化している五丁目が思いつくくらいである。

しかし「新宿区新宿」には六丁目と七丁目があり、明治通りから東側にあたる、旧町名「東大久保一・二丁目」と呼ばれていた、ちょっとマイナー感漂う地域になっている。同じ「新宿」なのに、そんな場所あったんですか?的な驚きを覚えたわけだが、その最寄りとなるのが都営大江戸線と副都心線の二線が交わる東新宿駅。

知られざる「新宿区新宿」の最果てエリアも外国人タウンになってました

何気に今まで意識して足を運ぶ機会のなかった土地なので、「新宿区新宿」の最果てエリアとも言える、新宿七丁目の町内に足を踏み入れることにした。東新宿駅からだとすぐ行けるが、新宿駅からトコトコ歩いて来ると片道20分は掛かる。山手線であれば完全に新大久保の方が近い。やってくると分かるが、完全に住宅地だ。

この界隈は昭和53(1978)年の住居表示実施に伴って、旧町名「東大久保一・二丁目」から今の地名に変わっている。今の新宿七丁目の区域は旧東大久保二丁目にあたり、隣にある新宿六丁目もその大半が旧東大久保一丁目だった。住居表示の町名の区切り方が大雑把過ぎて、本来「新宿」の範疇に入れるのもどうかと思うような町外れまで仲間入りしてしまっている。ここは新宿であって新宿ではない。大久保だよ、大久保。

それでも「新宿区新宿」のアドレスは箔が付くようで、上京組がこの界隈で生活し始めて田舎のご家族や友人に話したら「おめー新宿に住んでるのか!大都会だっぺ!」などと驚かれてさぞかし自慢こけるんだろうが実際やってくるとしょぼくれた昭和枯れすすき丸出しのくたびれた下町風情漂う一帯で、よもやここが「新宿区新宿」であるとも思えないテンションである。

まるでドリフの大爆笑のバカ兄弟コントに出てくるようなオンボロ過ぎる場末の佇まいを残した店が未だに残っているのが新宿七丁目クオリティ。ひたすら昭和のまんま過ぎてぐうの音も出ない。

東京の東の外れの葛飾区あたりの住宅街にありそうな場末感全開な佇まいの韓国酒場があったりなんぞして、こっちは逆にテンションが上がりそうになるのだが、ここはコリアタウン兼多国籍タウンである大久保や韓国学校のある若松河田にも近い。外国人留学生や外国人労働者も多く住んでいる。

場末感凄い新宿七丁目でうまいインドカレーを出す事で定評のある「フードランド」も店のテント屋根が手書きの下手くそな日本語で味わい深さを醸し出している。よく見てみるとネパール国旗が掲げられている。インドレストランとは言うが、殆どこういう店は経営者がネパール人だ。近年大久保地域でやたら人口増加し勢力を伸ばしているのがネパール人。もはや大久保は韓国人だけの街ではない。

この界隈にもどれだけ外国人住民が多いのかという事が、街中のいたる所に置かれているこうした注意書きの張り紙の多さで感づくだろう。足立区や江戸川区や埼玉あたりを論って「外国人だらけの街だ」とか言うがダントツで最強なのが東京都新宿区である。なにぜ人口34万6千人中の4万3千人超が外国人(2018年8月現在)。首都圏の自治体で外国人比率が12%を超えているのは新宿区だけである。

これは明らかに中国人向けに犬猫の糞尿処理に関する注意を促している看板。新宿区の住民基本台帳にある最も多い国籍は「中国」、その人口は14,167人である。

旧町名「東大久保」の名を残す児童公園

新宿七丁目のほぼ中央部分にある「新宿区東大久保児童公園」。旧町名「東大久保」の名を残す数少ない場所の一つである。

周りを高層のボロマンションに囲まれた小さな児童公園だが、子供が遊んでいる姿は殆ど見かける事はなく、近所のオッサンがタバコを吹かしにやってくるだけというオチである。すぐ近くには戸山公園(箱根山地区)もあるし、新宿区という都心エリアにありながら公園は一応豊富にあるのだが…

公園にある遊具もペンキの塗り直しはされているものの昔のままでさっぱり子供の遊ぶ気を起こさせない。最近はこの界隈もタワマンが増えていたりしてリッチな新住民もいるにはいるが、子育てするには果たしてどうなんすかね。

公園の隅に申し訳程度に置かれた石碑。何と書かれているのか見てみると「高千穂学校発祥の地」とあった。明治36(1903)年に土佐(高知県)出身の川田鐵彌という人物が創立した、日本最初の高等商業学校がその前身らしい。これが今では西永福駅最寄り、杉並区大宮にある「高千穂大学」となっているが、ここは商学部・経営学部・人間科学部と3つの学部があるが、そのどれもが偏差値35という驚異的数値をはじき出し、もっぱらFラン大学と叩かれている不遇の立場にある。

坂と階段とボロアパートと銭湯のある街・新宿七丁目

表通りを走っていても全くこの地域の存在に気づかないが、一歩中に入るとろくに車も入れないような狭隘で入り組んだ道路にあちこち階段と坂で阻まれ、訳アリ人種しか住まなさそうな年代物のボロアパートが点在するような土地となっている。隣の新宿六丁目もだが、完全に開発の波に取り残されている住宅地だ。

こうした階段と坂の複雑なコンビネーションを見せる路地裏風景も新宿七丁目では珍しいものではない。東京山の手ではお馴染みの谷戸地形というやつだが、場所によっては新宿の繁華街や西新宿の高層ビル街を眺められる絶景スポットもあったりするので、住むのはどうかと思ってもたまに散策するだけであれば面白い。

「梯子坂」というアレな名前がついた坂の下にはこの地域で逞しく生き残っている銭湯「東宝湯」が営業している。銭湯の入口の目の前に階段坂というのがこれまた情緒ありませんかね。ここも住所は「新宿区新宿」です。

さらに新宿七丁目にはもう一軒「金沢浴場」という銭湯もあり、二軒ともマンションタイプの銭湯なのは新宿の過密地域ならではか。しかし、この狭い生活圏内に未だに銭湯需要が旺盛であることを物語っている。風呂なしアパート率も高そうだな…

タワマンと銭湯の煙突という新旧対比…新宿なんてもう行き尽くしているのに…と思い込んでいたらうっかり見逃してしまいそうな場所、それが「新宿七丁目」…ついでに、隣の新宿六丁目も行ってきたのだが、これはまた別の機会でレポートしよう。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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