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東京都下唯一、現役の遊郭建築が残る街!八王子市「田町遊郭」 (全3ページ)

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八王子駅北口からかなり離れた、浅川沿いの田町という所に遊郭跡があるという話を聞きつけて、再度八王子の地を訪れた。

田町遊郭の跡地へは八王子駅から徒歩15分程度掛かる。明治30(1897)年、横山町・八日町の甲州街道沿いにあった遊郭が大火で焼失した後、田町に移転の上再興、昭和33(1958)年の法律施行までの約60年間続いていた遊郭だ。

八王子駅前の歓楽街を抜けて甲州街道の横山町交差点をそのまま北上すると、田町遊郭入口に辿り着く。

田町遊郭の手前に広がる元横山町一帯は古い住宅地と商店が混在する、鄙びた街になっている。政党ポスターだらけのラーメン屋「萬友亭」が最初の目印だ。

家族経営だからこそのゆるさだと思うが店の前の政党ポスターに負けないくらい、勝手口付近に乱雑に置かれた家財道具の姿が印象的。この先も古ぼけてどうにもならない飲食店がちらほら残っている他は寂れた街並みが続く。

ここは八王子市街から浅川を渡る暁橋に至る道である。両側はただただ住宅街。こんな所に遊郭跡など残っているものなのか、にわかに疑わしくなってくる。

道すがら見つけたのは古い橋の遺構である。浦田橋という名前が残っているが、石橋の欄干以外はコンクリートで埋められてしまい、うっかりするとここが橋だったとは気づかない程だ。

確かにこの場所に小川が流れていたらしくその跡が埋められ路地になってはいるが、くっきり残っている。

そのまま暁橋の手前までどんどん進んで行く。元横山町という地名が示すようにこの界隈は八王子の旧市街地にあたる部分で、相変わらず時代に取り残されたかのような飲食店があちこちに並ぶ。

寿司屋なのか定食屋なのか居酒屋なのかさっぱり分からない、古い飲食店の玄関口にはかなり昔の自動販売機が放置され続けている。完全に商売する気がないようだ。

向かいの焼き鳥屋は最近まで頑張っていたような印象があるが、どうやら店じまいしてしまったらしい。とことん鄙びている。

暁橋南詰というT字交差点の先に田町遊郭跡が広がっている。その入口にはクリーニング屋が一軒。

先程まで辿ってきた道がやたら細かったにも関わらず、田町遊郭跡の通りに出ると無駄に車道が広い。かつての遊郭の大門通りの名残りである。とは言ってもここが遊郭だったなど周りの建物を見ても想像しがたい。

傍目から見ると完全に住宅街の一画になってしまってはいるが、この大門通りに沿って数軒程、かつての遊郭の名残りを示す妓楼や旅館の建築が現存している。

大門通り沿いにある「八王子市田町」の住居表示板。田町と聞くと品川と浜松町の間にある駅かと勘違いしそうになるが違う。

住居表示板の裏側を見ると案内図がある。八王子市田町は元横山町三丁目を三方に囲まれて存在しているのだ。厳密には元横山町の外れの田圃が広がる一画を「田町」にしたのだろう。田圃のど真ん中に町を作ったから田町と言う事か。

土地の歴史を知らずとも、どこか異質さが感じられる区割りである。

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