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【八王子市】1964年東京五輪で都心の貧困層を隔離したマンモス都営住宅群「長房団地」の現在

しぶとい五輪誘致活動の末に決まった2020年開催予定の東京五輪。よくよく考えたらあと2年しかない訳だが、五輪のメインスタジアムとなる新宿区霞ヶ丘町の新国立競技場建設予定地にあった「都営霞ヶ丘アパート」は既に解体されてしまい存在していない。

オリンピックや万国博覧会といった、世界中の人々を一つの都市に集める一大イベントが行われる裏では必ず「都市の恥部」としてあげつらわれる“貧困層の排除”がセットになるのが世の常である。長年の居住歴と「人権」を盾に一部の住民が真っ赤なプロ市民に加わり反対運動をしていた霞ヶ丘アパートはその甲斐もなく姿を消したが、まだド都心の霞ヶ丘町に住めたのだからいい。それどころか、一部の貧困層の中にはかつての東京五輪のせいでとんでもない僻地に移住させられた人々もいる。

それが、東京都心から40キロ以上も離れた八王子市は「長房町」という、23区しか知らない人間にとっては聞き慣れない地名の場所。地図で見ればびっくり、八王子の街外れの一画にかなりの規模の都営住宅群が密集する「長房団地」と呼ばれるマンモス団地が存在している。ここも昭和39(1964)年に開催された東京五輪を前に、都心部に住んでいた浮浪者、貧困層を集団移住させた団地として挙げられる場所の一つである。

八王子を代表するマンモス都営住宅群「長房団地」とは

そんな長房団地へは、JR中央線西八王子駅もしくは京王八王子駅から出ている路線バス(西東京バス)に乗って来る事になる。直線距離的には西八王子駅か高尾駅のどちらかが最寄りだと思われるが、都心に勤める人間が通うには辛い距離感である。大正・昭和天皇皇后が眠る、宮内庁が管理する「武蔵陵墓地」が非常に近い場所にあるが、この武蔵陵墓地と長房団地はどちらも八王子市長房町にある。

八王子駅方面行きのバス停留所の目の前にある団地の一階部分に入居する「八王子市長房ふれあい館」。言うまでもなく団地住民を主とした高齢者向けのレクリエーション施設として活躍している。ここも他の団地同様高齢化問題が深刻化している。ちなみに団地の西側の外れに診療所もあったが、ここも「団地あるある」な民医連系である。

昔の航空写真で当地を見ると、確かに東京五輪のあった昭和39(1964)年のもので、これまで田畑しかなかった区画にずらりと集合住宅が建てられているのを視認できる。現在の長房団地は当初と比べて建て替えが進んでおり、見ての通りの小奇麗な高層棟がメインとなっている。

東端部の八王子市立長房小学校やその東側に隣接する市営長房第一団地を含めると、このように整備された区間が端から端まで1キロ近く続いている。長房東アパート、長房南アパート、長房アパート、長房北アパート、長房西アパートとそれぞれ呼称が分かれているが、全ての戸数を合わせると3,065戸。同じ高齢化マンモス団地として槍玉に上がる、多摩ニュータウンにある永山団地などと遜色のない規模である。

特に90~00年代に高層棟が続々建て替えられた「長房アパート」の西街区は人口密度も高く、よもや東京の外れにこれだけのマンモス団地があるとは思いもしないという驚きを感じる。しかし団地内の商業施設は殆ど中央部分の商店街に集約されていて、団地の端の住民は毎日の買い出しが不便そうだ。

スーパーアルプスや商店街などが立ち並ぶ長房団地中心部近くにある「長房第2アパート」といった一部の団地は70年代に建てられた古いものが若干残ってはいるが、東京五輪時代に建てられたものは現存しない。こうした建物も順次解体されて建て替えられる模様だ。団地に面した商店街もかなり味わい深かったので別の機会で改めて紹介したい。

同じく70年代建築の「長房南アパート」の一部。ネット上では八王子の恥部だとかスラムだとかろくな書かれ方がされていない団地だが、足立区の保木間だか南花畑にある都営住宅みたいなヤクザやヤカラを見かける事もなかったし、実際はそんなにおっかない場所でもない。そもそもすれ違う人間が老人しかいない。住民がヤバかったのは昔の事だろう。

団地の商店街の隣にある広場に溜まっているのも、やはり老人ばかり。ゲートボールをお楽しみになられているようです。まだ都心に通いやすい場所にあるURの団地ならばリノベーションなんぞをやって住民の若返り作戦が功を奏している地域もあるものだが、こんな八王子の外れの都営住宅しかないエリアでは、ひたすら住民の平均年齢が上がる一方で手の施しようがないようだ。

都心回帰の傾向に強い今の時代となっては、都心から40キロ離れたこの場所はいくら都内と言えども人気が出ない。まだ埼玉の方がマシ、となるのだろう。長房南アパートの古い案内図もこれまた味わい深い。

半世紀前の東京五輪を契機に都心に住んでいた貧困層がこの団地に集められたというが、その世代が生きていたとしたらもう70代、80代となっているはずである。大島てるの火の玉を見ても「孤独死」「飛び降り自殺」が数件あるが、特に孤独死は2010年頃から増えだしているようで、団地住民の自治会による見守り活動も行われているという。

長房団地内の電柱に貼り付けられている新築戸建物件の広告。収入の低い団地住民に宣伝してもしょうがない気もするんですがサラリーマン世帯の収入で新築戸建に手が届く中央線沿線唯一の街として、始発で座って通勤できる高尾駅や一つ手前の西八王子駅周辺の物件は人気が高い。通勤片道1時間デフォですがね。

また2010年以後も「長房南アパート」のこちらの一画のように新たに建て直されている団地が続々と増えている。新しい団地は駐車場もしっかり整備されているので、車通勤も捗る事だろう。

そんな長房町なんですが、実は「ながぶさ」と濁るのが正式名称らしい。地元では「ながふさ」と濁らず読むのが常態化している。地元の不動産屋の看板ですけれども。

なお長房団地以外にも武蔵村山市の村山団地、江東区の辰巳団地などが「五輪前のスラム対策で貧困層が移住した団地」だそうですが、あら、全部行ってましたね…


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。

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