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タワマン乱開発の影で高齢化進行中「辰巳団地」の取り残され具合がヤバイ件 

近年の都心回帰で東京のベイエリアにはアホみたいなタワーマンションが雨後の筍の如くニョキニョキ生えてきていて、特に豊洲だの勝どきだのは富裕層に人気の高い住宅地となっている。震災で地盤沈下や諸々のリスクが認識された後でも、便利な都心でのタワマン暮らしというのは強力なステータスシンボルなのには違いなく、見栄っ張りな方々の人気に支えられ、状況はそれほど変わりがない。

地下鉄有楽町線に乗って東の果てに行くと終点の新木場駅があり、主に京葉線からの乗り換え客で通勤時間帯にはごった返している訳だが、今回我々がやってきたのはその一つ手前の「辰巳駅」。駅の名前だけ挙げると、その存在はひたすらマイナーである。皇居から見て南東(辰巳)の方角にあるからこの地名が付いた、という事も、そもそも辰巳に何があるのか知らない人も多いのではないだろうか。この辰巳駅の周辺もそんなタワマン新興高級住宅地化が進むエリアの一画を辛うじて掠めているのだが、肝心のタワマンが林立するのは辰巳駅から運河を挟んだ向かいの東雲(しののめ)である。

有楽町線辰巳駅を降りて地上に上がった所から見える、これ見よがしなタワーマンション群。東雲一帯はこうしたタワマン群とイオン東雲店を中心とした小洒落た湾岸高級住宅地の一つとして認識されつつある。すぐ隣に豊洲や勝どきもあるし、既にこの付近は見栄っ張りな成金世帯でびっちり塗り固められている感が強い。これらタワマンがそびえる学区の小学校の生徒数も激増しまくりでとにかくヤバイらしい。

運河を越えて東雲に入るとタワーマンションだけではなく公団住宅までもデザイナーズ物件でシャレオツ極まりない仕様になっていて思わず吹き出してしまう。「東雲キャナルコートCODAN」ですって。CODAN。KじゃなくてCで始まるのはどこぞの半島国家みたいなノリですが、同じ公団住宅でも中国人だらけの芝園団地とはまるで次元が違う。

そもそも辰巳や東雲一帯は大正末期から昭和初期に埋め立てられた土地(第6号埋立地、第7号埋立地)で、駅を出るとのっけから潮の匂いがきついベイエリア感全開な土地。運河に水門まであって橋の上から船舶が行き交う姿が日常的に見られる。見栄を張って東雲のタワーマンションを買っちゃった人々の中には最寄りの辰巳駅から通勤する方もおられるのだろうが、この辰巳桜橋を行き来しなければ駅に行けない訳で、寒風吹きすさぶ冬場や荒天時はさぞかし大変そうであります。

それに豊洲も東雲も元はただの倉庫街で工場地帯でしかなかった土地。豊洲にはコリアタウン枝川一丁目のような場所があるように、こちら辰巳にも取り残されたようなハードコアなゲットーが広がっている。それは橋の向こうの東雲ではない。橋の手前に広がる「辰巳団地」である。辰巳運河を境目に、露骨過ぎる程にわかりやすい貧富の差が見られるのだ。

駅前から既に都営団地しかない街

まず辰巳駅を出たら辰巳桜橋を渡らずに、ロータリーの真正面から続く道を進もう。駅徒歩0分で既に目的の都営団地群が現れる。それもかなり大型の団地である。元々こんな辺鄙な場所に駅があるのも辰巳団地の住民向けに作られたものだったのだ。しかし駅前はとても栄えているとは思えない、枯れた佇まいを見せている。

辰巳団地の正式名称は「都営辰巳一丁目アパート」。まず地図を見て驚く。1号棟から104号棟まで番号が振られた団地群が隙間なくびっしり連なっている。その殆どが5階建ての中層棟だが、2棟だけは12階建ての高層棟。昭和42年から44年までの間に整備された87棟、3326戸という凄まじいキャパシティを誇る巨大団地なのである。単体の団地としての規模で言えば、北区の桐ヶ丘団地に次ぐ。

そして特異なのがこの辰巳団地の立地。江東区辰巳という地区自体が四方を運河で囲まれた「孤島」となっていて、住宅があるのは辰巳団地がある辰巳一丁目のみ、あとは物流倉庫や工場、公園などがあるだけだ。今は徒歩圏に有楽町線の駅があるので便利にはなったが、昭和63(1988)年に辰巳駅が出来る前まではバスでしか行く事ができず、元々から隔離されたような土地だった訳だ。

辰巳駅から道なりに進んでいく。駅前に殆ど店らしき店がないのは端から都営団地として整備された人工都市だからか知らんが辛うじて一軒だけ店があると思ったら生協のスーパーだった。歯科医院や散髪屋も併設しているし、住民の買い物拠点の一つとして随分賑わっているが見かけるのは老人ばかりだ。さらに江東区辰巳児童館が隣接している。運河を挟んだすぐ向かいのイオン東雲店とは客層がまるで違う。

同じく、団地内には生協傘下のデイサービスセンターが入居している。高齢者だらけとなった団地で末端住民の生活にまで気を配る事ができるのはこうした介護施設だ。生協もよく共産党との関わりが語られる事が多いし、実際共産党の志位委員長がガッツポーズのポスターだらけだが、この団地には必要な政党なんでしょう。

とにかく道行く人々も生協の買い物客もみんな爺さん婆さんばっかりで、この辰巳団地の取り残され具合が半端ない事を思わされる。団地のどの区画を見ても隙間があれば例外なく住民の家庭菜園と化している。老後のささやかな楽しみというやつだろうか。

また、団地のそこらじゅうで住民の爺さん婆さん同士が立ち話している姿が見られる。高齢化率の高さは視覚的にもひと目で分かる。未来の日本の縮図か…一方で、子供達が遊んでいるはずの児童公園なんかは雑草伸び放題で何とも気の毒な姿を晒している。豊洲や東雲のタワマン群は子供だらけなのに、同じ江東区でも運河一つ挟んだだけでまるで街の運命が違っている。

辰巳駅前に建つ江東区立辰巳小学校は主に辰巳団地に住む子供が通う。しかし全校生徒数はたったの166名(辰巳小HPによる)。近くにある第二辰巳小学校は東雲の一部のタワマンが校区に入っていて、全校生徒数は556名と跳ね上がる。これが豊洲だと豊洲小と新設された豊洲北小で2000人オーバー。今後数年で3000人程度にまで増えると予測されている。極端過ぎますよね…

辰巳団地が出来たばかりの昭和49年頃の航空写真を見ると、この団地以外の周囲一帯が見事に工業地帯ばかりとなっている。もちろん今ではタワーマンション乱立地帯となっている豊洲や東雲の辺りも全て元工場ばかりだ。こうした工場群は浦安の鉄鋼団地など郊外に移転しており、都心の工業地帯が残っているのもほんの一握りでしかない。

この団地に生活する住民も働き盛りの頃はみんな湾岸の工場労働者だったろうが、今では軒並み後期高齢者だ。腰が折れ曲がった爺さん婆さんが杖をつきながらヨタヨタ歩いている姿をあちこちで見かけられる。辰巳団地は高齢者福祉の最前線でもあるのだ。

ともかくこの団地も昭和40年代に整備されているともあって、住民ともども建物の老朽化が目立っている。辰巳団地は今後高層棟を除く殆どの住宅棟を建て替える予定でいるそうだ。その際には運河を挟んだ向こうの東雲みたくシャレオツな団地に生まれ変わるのだろうか?

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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