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上野百貨店 (1) 聚楽台の西郷丼

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DEEPな街が好きな逢阪はまたしても上野にやってきた。

大阪人の私から見れば「巨大な天王寺」と形容できる上野の存在。
しかしJR東日本はどこもかしこも駅構内をスイーツ(笑)向けタウンに作り変えすぎ。
上野駅がこんなに綺麗になっても、風情ぶちこわしという気がしなくもないが。



だが一歩駅の外に出るとそこはもういつもの上野である。
ホームレスのおっさんがそこかしこに寝転んでいる。やはりこの街はこうでなくっちゃ。

東北や上信越から数多の出稼ぎ労働者が辿り着いた東京の北の玄関上野。その歴史と移住者達の思い出の数は計り知れない。
東北・上越新幹線は現在全て東京駅に乗り入れており、かつての玄関口という位置付けでは弱まった感があるが、こうして碑が掲げられているのを見ると、やっぱり上野が玄関なのだなという思いがする。

20年くらい前までは、東北や上信越から上京してきた人々が上野駅前に降り立つと、この建物を眺める事になる。
「上野百貨店」と名前のついた、古い建物。
その上部は、上野公園と一体化している。

百貨店と名乗っているがどこが百貨店なのか今の世代は誰も知らなかったりする謎多き建物だ。その中の2階に「元祖ファミレス」とも言える「聚楽台」が入っている。

上野百貨店の建物は2008年の時点で解体工事が始まる事になっていた。既に1階の店舗は撤退済みであり、下半分が廃墟のような状態になっている。

そしてレストラン「聚楽台」も2008年4月21日をもって閉店。
上野と浅草ではファミレスと言えば「じゅらく」であり、この「聚楽台」はレストランじゅらくの代表的店舗だった。ちなみに運営元の株式会社聚楽は首都圏および上信越・東北で多くのホテル・レストランを経営している会社である。

レストラン「聚楽台」はファミレスという名称すらなかった1959(昭和34)年にオープンして以来50年近くこの場所で営業を続けてきた。

2階に上がるとこんな感じでメニューが並べられたディスプレーが視覚的に楽しませてくれる。昔のデパートの屋上とかによくあったレストランみたいな店構えだが、今ではすっかり無くなった風情である。

50年の年季が入った和洋折衷な店内は趣き深く、もっと写真を撮っておくべきだったと後悔する(苦笑)

色んな所に年季が入ってるなあと思ったら応対する店員さんがみんな中年以上だった。
レジの後ろの富士山も素晴らしい。

そして名物西郷丼(924円)を食らう。言うまでもなく、このレストランの真上にそびえる西郷隆盛像にちなんで、とりあえず薩摩(鹿児島)の名物らしきものを節操なく載せまくった丼だ。さつま揚げ、サツマイモの天ぷら、明太子、豚角煮、鳥そぼろ、ほうれん草、温泉卵…手当たり次第ぶちこんでみましたという感じです。
閉店一週間前に聚楽台を訪れた私だが、当初ウエイトレスのおばちゃんに90分待ちと言われた…意外と30分くらいで来たのですぐ食えたんですが。。。
ちなみにレストラン聚楽台は2010年秋頃に同じ場所にリニューアルオープンする。多くの雪国育ちが見た上野駅前の馴染み深い昭和の風情も見納めといったところでしょうか。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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