この広い東京には一杯1万円も出してラーメンを食うような中目黒あたりのなんちゃってセレブも居れば、一杯200円だか350円だかで底値ギリギリに張ったラーメンで辛うじて命を繋ぎ止める足立区住みのナマポ老人も居る。しかし東京にはそれ以上のあり得ない激安価格でラーメンを出す店が存在する。紛れも無く「東京最安値のラーメン屋」であるというのだ。
そんな激安伝説を求めてやってきたのは…またしても足立区である。やはり東京最底辺の王道を突き進むのならば足立区に来るしかないのか、と思ってしまうのだが、今回は同じ足立区でも西の端、隅田川と荒川に挟まれた中州地帯となっている「新田」という地区。
足立区新田「ハートアイランド」(笑)
そんな「足立区新田」、一応の最寄り駅は地下鉄南北線王子神谷駅になるが、徒歩15~20分くらい掛かるので、地元民はチャリンコ利用がデフォで、余所者が来るには王子駅や赤羽駅から路線バスで来るのが一般的な方法だ。住所の上で足立区新田とあっても、ほぼ感覚的には北区同然なんですがね…隅田川寄りのマンションも名前に「王子神谷」って付いてますしね…
足立区新田には「ハートアイランド」というキラキラネームかよと思うような名前の大型団地があり、1996年に閉鎖されたトーアスチール東京製造所跡地を開発し、UR都市機構の「ハートアイランドSHINDEN」、民間分譲の「アクアテラ」「オーベルグランディオハートアイランド」といった横文字ネーミングな大型マンションが相次いで建設されていて総戸数3000世帯超にも及び、新住民達が足立区の工場跡地でキラキラと暮らしている。
環七通りから東側、足立区新田三丁目界隈にはキラキラマンション住みの新住民が見向きもしないような、昔から代わり映えのしなさそうな随分くたびれた佇まいの「新田商店街」が路線バスの通る表通り沿いに連なっている。せいぜいコンビニくらいしかチェーン店が見当たらない。
足立区新田と北区豊島との間を繋ぐ隅田川に架かる「新田橋」の手前には地元の爺さんしか立ち寄りそうになさそうなローカル臭満載の大衆食堂「あらいや食堂」の渋い佇まいが。かつては工場勤めのオヤジがチャリンコでふらふら通り掛かる道沿いにあった労働者の憩いの場であったのだろう。川を渡った先のマンモス団地「豊島五丁目団地」もやはり工場跡地に作られたものだ。
豊島五丁目団地の前身「日産化学工業王子工場」は千葉県袖ヶ浦に移転、ハートアイランドの前身「トーアスチール東京製造所」は茨城県鹿島に移転、というようにいずれも郊外に移ってしまったかつての工業地帯、それがこの界隈。ただこの地区には今でも「日本化薬東京工場」が地区の北側の新田一丁目と北区志茂の間、隅田川を面した両側にあり、従業員専用の無料の渡し船がある事で有名ですわな。
都営バス「新田三丁目」停留所では夕刻時間帯、最多で7分間隔で王子駅前行きの王41系統が発着し、反対側には北千住駅前行きの王45系統もあるが、こちらは1時間に1、2本しか来ない。バス到着前には結構なバス待ちの行列が出来る。同じ足立区の鉄道不毛エリアである鹿浜とは荒川を挟んで隣り合っているが、交通不便な状況は一向に改善されないようで。
キラキラ感満載な「ハートアイランド」と向かい合う昭和の下町風景が残る新田三丁目の住宅地の片隅に、以前から噂に聞いていた「東京で最も安くラーメンを出す店」が存在している。夕方頃にふらりとその店の前を通り掛かると、確かに人がにわかに群がっている場所がある。
その店の前までやってくると、見ての通り全く外観から「飲食店」である事が判断できない。ブルーのトタンで覆われた古びた個人宅、その傍らには自転車修理の為のチューブが掛けられ、傍目には街の自転車屋のようにも見えるが、目の前の路上にはキャンプで使われるような折りたたみ式の椅子やテーブルが並べていて子供達がたむろしている。
何の事はない、昔はどこの下町にもあった「街の駄菓子屋さん」の延長線上にある店の一つだった。看板も何も掲げていないが「セキノ商店」という自転車修理と駄菓子屋を兼業している店舗で、昼間に勝手口を開けて、地元の子供達に開放している。さらに「東京最安値のラーメン屋」というのは、ここで提供されている手作りの即席麺料理の事だった。
時折店の中にいる御年80歳過ぎという婆さんがひしゃくを片手に店の外に出てきて、おそらくその辺のスーパーで買ってきたと思しき「東京拉麺」あたりの駄菓子タイプの即席麺に、ひしゃくに汲んだホームメイドの和風だしを注いで仕上げている。子供達はそんな駄菓子ラーメンを何とも旨そうに食っては思い思いの時を過ごしているのだ。
我々も学校帰りの子供に紛れて一杯40円の「こぶつゆラーメン」を注文。大の大人が来ても料金変わりません。具材は天カスオンリーというシンプル・イズ・ベストっぷり。優しい味のこぶつゆが身に染みる。これが足立区住みの子供達のソウルフード。こうして小さな頃から40円ラーメンを食って育つのが足立区のたくましい子供達なのか。
正体不明の謎のクリームパウダーが振りかけられた「とんこつラーメン」もどこがとんこつなのか分からないまま食いましたが10円増しの50円でした。2杯注文して100円出したら10円釣りが来た。昭和30年代の物価感覚ですかねこれ。
この、これ以上無いほどに「足立区の子供達の特等席」というべき最高過ぎるロケーション。本来は子供の溜まり場なのにいい大人達が占拠してごめんなさいね。最初勝手が分からず奥のベンチに腰掛けそうになったが、正しくは手前の折りたたみベンチに座って奥のベンチに皿を載せて一杯40円のラーメンをズルズルと食うのだ。
「セキノ商店」は創業50年以上の老舗店だが、駄菓子屋ではなく厳密には飲食店の届け出を出している「喫茶店」である。昔はおでんもやっていて、具材の調達が難しくなった事からおでんを辞めて、おでんに使っていた昆布だしを改良してラーメンを出し始めて、そこからおおよそ30年近く経っているという。昔の味を懐かしんで来ているとしか思えないマイルドヤンキー風味の若い男性客もバイクで食いに来ていました。
ところで環七通りから足立区新田に入る手前で毎度目に付く「パチンコことぶき」の看板が香ばしいの何の…パチンコ天国足立区はここからですよ!とすっかり目印になっていて笑いを誘うんですが、足立区の環七沿いには何軒も大型パチンコ店が建ってますからね。パチンコ業界からしたら足立区なんてさぞかし儲かるドル箱エリアなんだろうなあ。
<追記>セキノ商店は2016年8月29日をもって閉店したそうです。麺の仕入先が廃業した事と店主のご高齢、お客の子供達への気遣いも理由との事。