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漁村の名残り「浦安」 (5) 浦安魚市場

今では旧市街地の一部のみに昔の漁村の街並みを残すだけになった浦安であるが、ところがどっこい、浦安駅に程近い場所に築地の場外市場よろしく魚市場が現存している。

その名も「浦安魚市場」。そのまんまなネーミングであるが本当に駅のすぐ近くにあるので非常に目立つ。駅前を通るバイパスを行徳側に徒歩2分。巨大なクジラの等身大イラストが目印。しかも魚市場の上は古い公団住宅という微妙なレトロっぷりだ。
昭和46年に今の建物が完成し使われている訳だが、その前身は戦後の闇市で現在の猫実庚申塔の辺りにあったものが浦安橋近くに移動し、その後現在の場所に移っている。



さすがに魚市場ということもあって早朝4時から開いているという。主に築地から仕入れた魚介類を扱っているというが、漁師町だった手前、昔は地元で採れた海産物も扱っていたと思われる。浦安は元々アサリやハマグリ、海苔の良質な漁場だったのだ。
ちなみに浦安魚市場では小売業者に限らず一般客の買い物もできる。

とにかく朝が弱いので着いたのが昼前だった訳だが、時間帯で言えば魚屋がそろそろ店じまいの支度を始める頃である。

魚市場とは言っても、魚屋に限らず八百屋も並んでいたりと随分アバウトである。昼になると容赦なく市場が閉鎖されるので、それまでに買い物に来るのは昔からの地元民が殆どである。運が良ければネイティブな「浦安弁」を耳に出来るかも知れない。

市場内には築地と同じように定食や海鮮丼を出す食堂が何軒か入っている。やはり地元民しか来ないような店なので価格設定も比較的リーズナブル。

そこそこ活気があるかと思いきや、廃業してしまったのかまるごとすっきり空きスペースになった箇所も目立っている。東西線開通後の新住民はあまり好き好んで魚市場に来ないからだろうか、長い目で見ると徐々に寂れているようにも見える。

浦安魚市場そのものはさほど大きくはなく、すぐに一周してしまうので、一旦外に出てみる事にした。いかにも昭和的なネオンサインが特徴のある喫茶店が一軒。

それよりも浦安魚市場は元の成り立ちが戦後の闇市だったと言われている事からかして、魚市場に隣接する「北口商店会」の様子がまさしく闇市のそれそのものの風情を保っている。比較的整然とした浦安の街でこの場所だけが異彩を放っている。

その怪しげな商店街の中に入ると、韓国キムチ専門店「大同食品」がデデーンと看板を掲げて営業中。大阪の鶴橋とタメを張りそうな程に強烈な存在感を放っていたのだ。

北口商店会の表側で営業している中華そば屋「金ちゃん」も北口商店会に漂う怪しげな空気を演出している。
漫画「浦安鉄筋家族」にも出てくるという店で、売れ筋が「韓国風辛味そば」だそうだが、ラーメン屋なのに石焼ビビンバや焼肉まで朝っぱらから食えるというカオスっぷり、店の名前もベタ過ぎるが隣のキムチ屋と同じ系列のDEEPな半島系ラーメン屋なのだ。営業時間は市場に合わせているので、昼の2時になれば閉まってしまう。


他には古い乾物屋の店舗や、浦安が海苔の生産地だった事から海苔専門店が目立つ。早朝であればもっと地元民で賑わってベタな地元の雰囲気が味わえるかも知れない。

だが大半の店はシャッターを下ろしたまま半ば廃墟同然の状態になっている。錆びきった店の看板を見ると市場なのに呉服屋まであったのかと感心する。

昼前に訪れるとキムチ屋とラーメン屋と鰻屋、それに一部の乾物店以外は全てシャッター通りと化している。

戦後長らく陸の孤島で漁村でしかなかったという街だというのに、まさか闇市の名残りが見られるとは思わなかった。街に隠されたDEEPな風景は実際に来てみなければ分からないものである。

近くの歩道橋から北口商店会一帯を眺めることができる。平屋建ての典型的な闇市上がりのマーケットといった風情が残る。しなびた市場の光景は浦安駅前に残る数少ないDEEP遺産。


参考サイト
浦安鉄筋家族マップ

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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