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【ローカル線の旅】京浜工業地帯の足「鶴見線」に乗る【鶴見-海芝浦】(2009年)

オシャレな街、デートスポット、ファミリー向け、などと色々とトレンディな語られ方をする都市が横浜市なのだが、一方で同じ横浜市なのにそうした視点ではさっぱり見向きもされない地域がある。川崎と隣接する「鶴見区」の存在だ。区内の大半は京浜工業地帯であり北部の鶴見川沿いの丘陵地と南武線の一部、尻手駅、矢向駅周辺を擁する。

横浜市の中心である関内エリアよりも川崎駅の方が近いという土地柄。当然街の色は横浜というよりも川崎といった方が近い、そんな所である。

鶴見区の中心であるJR鶴見駅からは、臨海部の京浜工業地帯に向けて走る「鶴見線」なるローカル鉄道路線が存在する。大正時代に東京の工業地域が川崎・横浜にまで広がり、工業化の波とともに工業製品の物資運搬のための路線「鶴見臨港鉄道」が作られた。その後ほどなく旅客営業が開始され、京浜工業地帯で働く人のための通勤路線ともなったのである。

平日の毎朝毎夕、鶴見駅の乗り換え改札に訪れると3両編成の鶴見線列車が大量の通勤客を載せて往復している様子が伺える。同じJRなのに乗り換え改札が存在するのには理由があって、鶴見線の駅は基本的に全て無人駅となっているためである。

鶴見線のホームは京浜東北線などが走るホームとは全く別の高架に設けられている。大規模に改修されているわけでもないので依然古い構造のままのホームだ。

鶴見線は基本的に京浜工業地帯の通勤の足として機能しており従業員の通勤時間にのみ5分~7分間隔で運転されている以外は20~30分間隔でしか電車が走っていない。夕方の通勤時間帯に鶴見駅ホームにやってくるとご覧のとおりの帰宅ラッシュである。

一見、地元民や従業員以外は何の縁もない鶴見線なのだがその稀有な存在から物珍しげに乗車したがる我々のようなマニアも結構訪れる。開業当時の建物とガード下が70年前そのままの風情で残る国道駅や、駅前がすぐ海しかなく東芝の敷地となっているため駅から出られないという海芝浦駅など超個性的な駅が存在しているからだ。

さっそく我々も海芝浦行きの電車に乗り込むことにした。

鶴見駅を発ち国道駅を過ぎると鶴見川下流の運河を跨ぎ京浜工業地帯へと突入する。2つ目の鶴見小野駅までは住宅地になっているのでそこそこ地元生活者の利用もあるのだが、その先はほとんど工業地帯しかなくなる。

気が付けば自分が乗っている車両に人が誰も居なくなってしまった(笑)

次の弁天橋駅からは京浜工業地帯の工場勤務者の帰宅風景を拝む事ができる。ここから乗ってくるのはおおよそJFEエンジニアリング(旧日本鋼管)と旭硝子の従業員だ。毎日お勤めご苦労様です。

その次は浅野駅。ここで海芝浦方面に路線が分岐している。駅の名前は鶴見線創設の主である浅野財閥から取られたというあたりが、大正デモクラシーのイケイケドンドン感を漂わせている。

鶴見線には海芝浦行きの電車の他にも安善駅から分岐して大川駅に行く電車と終点扇町駅に行く電車の3ルートが存在する。海芝浦を含めた3つの終着駅はどれも最果て感漂う秘境駅であり見所盛りだくさんだがとりあえず今回は海芝浦駅へ向かう。

浅野駅から海芝浦支線に入ると途端に目の前に海が広がる。新芝浦駅から先は東芝京浜事業所の敷地となり東芝の社員証を持つ従業員または来社目的のある者以外の一般客は入れない。

ホームの目の前がすぐ海という特殊な駅なので珍しさから写真を撮りに訪れる我々のような人種が結構いるようなのであちこちにこんな注意書き看板が置かれている。おそらく過去にカメラ小僧が海にはまって死んだ事故でもあったのだろうか。

この次が終着駅の海芝浦駅となる。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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