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川越市西小仙波町・喜多院裏の遊郭跡

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埼玉の川越は「小江戸川越」と呼ばれるだけあって江戸時代からの豪勢な蔵造りの町並みが残る歴史の深い街。表の歴史もあれば当然裏の歴史もある訳で、川越の街には遊郭もあったらしい。

埼玉は廃娼県だった手前「遊郭」ではなく「乙種料理店(達磨屋)」という事になっている訳だが、表向きに禁じていてもその手の産業が無くなるはずもない訳で、川越にも熊谷にも大宮にもそうした達磨屋という店があった。で、遊郭跡は桜の名所でも有名な川越大師喜多院の近くにある。

随分桜満開になっていて境内にも露店が立ち並んで日本的な情緒に満ちあふれていた訳であるが同じ花は花でもこっちが見たかったのは遊郭跡である。喜多院の裏側、西小仙波町の一画と聞いた訳だが。

確かに喜多院境内西側一帯に出ると妙に古ぼけた民家がちらほら目立つようになる。川越だから古い民家があるのは別に珍しくないのだが、どこか陰気臭い佇まいが残る。川越の遊郭には最盛期で約20軒ほどの「乙種料理店」があり、昭和33(1958)年の売防法施行時まで営業していたそうだ。

概ね普通の住宅街と化してはいるのだが、路地の片隅には旅館の看板を掲げる建物が見られる。「天山旅館」というのはやはり転業旅館の一つだろうか。

雰囲気でも充分感じ取れるがこの一角がまさしく遊郭跡である。建物の取り壊しサイクルの早い首都圏ではそれほど残ってはいないだろうと思っていたが、川越の場合は案外そうでもない。数軒程は当時のままの建物が残されている。

現在は洒落た佇まいのレストラン「和洋御食事処 栄」となっているこの建物は大正13年築の元「乙種料理店」。店先には川越市の都市景観重要建築物に指定されている事を示すプレートが掲げられていた。

二階部分の手摺に嵌めこまれた二色のステンドグラスは当時からそのまま残されている。玄関周りの植栽も相まってなかなかの風情。おスイーツなデートコースにも使えそうな佇まい。

喜多院寄りの一画にも重厚な元妓楼が何軒か並んでいる。遊郭跡だと気づかなければ地元の名士の家か何かと勘違いしそうな風情が漂う。手前の建物は元旅館だったが最近廃業して看板を畳んでしまった。

閉まったままの玄関扉の向こうから「白舟」の屋号が書かれた外灯が辛うじて確認出来る。

その隣にあるのは現在天麩羅屋に使われている元妓楼。どの建物も綺麗に使われているのは隣に喜多院という観光名所があるからだろうな。

店構えはごっそり改築されてしまっているが塀や玄関周りはそのままな転業旅館の一つ。ここもあんまり商売っ気がなさそう。私物のチャリンコとかビニール傘が玄関横に置かれている。

辛うじて玄関付近は昔の佇まいが残っていた。まあ旅館としてはもう商売してなさそうですね。普通のお宅です。

路地の奥まった所にもう一軒重厚な趣きの妓楼が残っている。どう見ても転業旅館です本当にありがとうございました。表には「旅館市むら」の看板がある。

玄関周りが特に素晴らしい佇まいで色街の名残りを感じさせてくれる。手入れは行き届いているがあんまり旅館らしい商売っ気を感じない。この旅館の建物も手前の塀を含めて川越市の都市景観重要建築物に指定されている。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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