どうぞ、お好きなSNSで拡散して下さい

これが足立区の首都!「北千住」を歩く (2009年)

<6ページ目を読む

千住大橋

千住と言うとどうしても北千住駅周辺しかイメージに浮かばないが、実は千住地区の南側には京成線が走っている。

千住大橋駅と京成関屋駅の二つが地区内にあるが、北千住駅へは京成関屋駅で降りて東武伊勢崎線牛田駅からひと駅分乗り継ぐ必要がある。

千住大橋駅を降りると、そこはやはり京成線らしい微妙な雰囲気の駅テナント群が並んでいる。駅の名前通り、近くには隅田川に架かる千住大橋がある。

駅前に出ると、そこは単なる下町の路地裏でしかない、とても駅前とは思えない光景に出くわす。これぞ京成沿線クオリティ。

それでもほんの気休め程度に個人経営の飲食店や立ち食いそば屋が数店舗並んでいる。当然スイーツ向けのカフェなんかはどこにもありゃしない。

あとは駅前すぐの場所にラーメン二郎があることくらいが特徴か。二郎の千住大橋店は2009年4月に出来たばかりの新店舗。やはりどう考えてもオッサン向きの駅だわな。

駅の高架を反対側に出ると、広大な空き地が現れる。

京成沿線はつくづく駅前開発というものに縁がない事を実感させられるわけだが…

やけに空き地がでかいと思ったら都市計画道路の建設用地になっていたのだ。

この周辺は千住宿の南側にあたり、ここから北千住駅までは徒歩15分程度、最寄りの物件は東京都中央卸売市場足立市場と尾崎豊が倒れていた通称「尾崎ハウス」くらいで、これといった店舗もなく、一見すると大して見所がない。

駅から南側に行けばすぐに隅田川と千住大橋が現れる。

道なりにふらふら歩いてきたら橋戸稲荷神社が現れる。地元の小さな神社である。

この付近を歩いていても人の姿が全くない。せいぜい野良猫がいるくらいだ。

このへんは古ぼけたアパートか工場か倉庫くらいしかない。本当に何にもない。

寂れた住宅地を抜けると千住大橋が現れる。日光街道上に架かる古い鉄橋で、初代の橋は徳川幕府によって隅田川に架けられた最初の橋でもあった。現在の橋は昭和2年に架けられたもので、交通量増大により昭和48年になって東隣に新しい橋が加えられている。

千住大橋のたもとの児童公園には松尾芭蕉の「おくのほそ道」案内図がデデーンと貼られている。芭蕉が旅を始めたのがここ千住からだったという事に因んでいる。

さらに公園内にはこんな看板が。

「階段を登り橋詰テラスへどうぞ」などと書かれている。

その階段を登ると隅田川の堤防を跨いで川に出る事ができるようだ。開放時間が制限されているのは夜間の侵入者を防ぐためであろう。場所柄だけあって常に開けっ放しだとホームレスに占拠されてしまうからだ。

堤防を跨いだ内側には「千住大橋際歴史資料空館」なる施設が。千住大橋の歴史を展示している。「空館」なんて書かれているのは一種の方便だろうか。

堤防の壁にも松尾芭蕉の姿が書かれている。江戸から旅立った芭蕉は「おくのほそ道」を書き上げるにあたって東北やら北陸をぐるりと回って大垣までの道のりを約5ヶ月掛けて旅行したわけだ。ある意味羨ましい人種だ。

芭蕉の時代に限らず、千住大橋の歴史について色々と学ぶ事ができるわけだが、場所が場所だけに存在自体知られていないせいか誰も人が居ないのが惜しいところ。

今では味気ないコンクリート堤防となってしまった隅田川。千住大橋の下を潜るように「千住小橋」が架かっている。堤防が千住大橋の下でぶった切られた間を結ぶだけで、やはり味気ない歩行者用の橋。

千住小橋を渡った反対側にも同じように展示が行われている。

何気ない地元のひょんな歴史探検スポットな訳だが本当に分かりづらい場所にあって誰にも気付かれていないようなので、近くを通った際には忘れずに寄り道して行こう。



The following two tabs change content below.
東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.