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懸垂式モノレールが走る微妙な大都会!政令指定都市「千葉市」を歩く 

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一通り千葉市の中心市街地を回ってきた訳だが、無駄に整備され尽くした街路、無味乾燥な雑居ビルばかりで今ひとつ心の琴線に触れる風景に出会う事がなかった。そんな中で思わず反応してしまったのが、千葉中央駅南側にそびえる「本千葉ビル」。

一際レトロさを見せる5階建ての超ロングビル。3階から上は住居で、1階、2階、地下1階が事務所や店舗に分けられている。県有地で、昭和37(1962)年に千葉県住宅供給公社によって建設された。

しかしこの「本千葉ビル」、老朽化を理由に2009年いっぱいで中のテナントも住人もみんな退去してしまっている。まさしくこれから解体作業が始まる直前で、建物内は閉鎖されていた。残念。

本千葉ビルの地下1階は飲食店街になっていた。その看板も塗り潰されている。

本千葉ビルの入口は見事に封鎖されていて中の様子を伺う事もできない。もうちょっと早く来ていれば良かった。

1階部分はアーケード状になっていて店舗がずらりと並ぶ形になっていた。しかしこれも容赦なく退去済み。一部に千葉県住宅供給公社の事務所などが残るものの、もうすぐ出て行きますと言わんばかりの状態。

地下の居酒屋街は官庁街に近い事もあって、県庁や関連機関で働くお役人のオッサンが大勢訪れていたのだそうだ。昔の写真を見ると狭い廊下に安呑み居酒屋がひしめいていて、まるで新橋駅前ビルの地下にある居酒屋街の雰囲気にそっくりである。

年代を感じさせる「本千葉ビル商店街」の看板。思えばこのビルが出来た昭和37(1962)年というのは東京オリンピックが開幕する以前の話である。道理で古臭くも見える訳だ。

建設されてかれこれ半世紀近くにもなるという、千葉市でも数少ない大型物件なのだが、終焉の時は近い。

1階商店街の中程に、上の住宅フロアへの入口があった。しかしここも封鎖されていた。本千葉ビル内の住宅の間取りが紹介されたページを見ると、2DKタイプのものが主流で、30~40平米の住居が120戸程入っていた。家賃は大方5万円台で、当然都内で部屋借りるよりも全然安かった。

住宅入口脇にあった店舗には「45年間ありがとうございました」と実に名残惜しそうに書かれてあった。ビルが出来て2年目に入居して、そのままビルの解体とともに店を畳む事となったようだ。

これまた名残り惜しそうな「閉店のお知らせ」張り紙を残して、シャッターが降りてしまっている。どこかしら味気ない千葉市街地において数少ない昭和の臭いを残すビルがまた一つ消えて無くなる。モノレールや再開発ビルなどハコモノ作りには躍起な行政だが、裏腹に中心市街地の空洞化が目立つ千葉市の行く末はいかに。

懸垂式モノレールが走る微妙な大都会!政令指定都市「千葉市」を歩く


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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