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人骨も出る新宿区の秘境地帯!旧陸軍用地「戸山ハイツ&箱根山」探索

新宿駅から歌舞伎町を跨いで徒歩20分ほどの場所に副都心線と都営大江戸線の東新宿駅がある。「新宿」を一つの繁華街として区切るとするならこの辺が最も北東端にあたるが、新宿というよりは新大久保の方がむしろ近い。

大久保通りと明治通りが交差する東新宿駅真上の大久保二丁目交差点に出てきた。そこからさらに北東に「戸山公園」という時代に取り残されたかのような奇妙な空間がある。大規模公園に山手線内最高峰の箱根山、そして公園を取り巻くように立ち並ぶ古ぼけた巨大団地「戸山ハイツ」を包括する。

戦前は陸軍戸山学校の敷地で、さらにそれ以前は尾張藩徳川家の下屋敷。戦時中は「731部隊」こと陸軍軍医学校防疫研究室もあった色々と曰く付きの土地だ。

今回はそんな戸山公園一帯を散策すべくこの地にやってきた訳だが、副都心線が地下を走る東新宿駅前の明治通り沿いの道はすべからく区画整理が進み目新しいマンションばかりが並ぶ無機質な風景となっている。

だが大久保二丁目交差点の一角に、やけに薄汚いビルがぽつんと一つだけ街の変化から抵抗を続けるかのように残っているのが見えた。

その不可思議な4階建ての雑居ビルは1階の八百屋(光成青果店)以外が全て広告の看板によって窓が遮られ歪な広告塔として交差点の角に立ち続けている。再開発の攻勢に最後の最後まで孤軍奮闘しているかのような姿である。

さらに建物の上を見ると、3階部分の窓に「GAME¥50」と書かれている通り昔はゲームセンターだったと思しき形跡も見える。歩道側の壁は隣接する建物が撤去されてブロック塀と鉄筋の残骸が剥き出しになった上に落書きされまくっている。

戦後のドサクサ臭すら漂う八百屋の雑居ビルを眺めつつ、ここがまだまだコリアタウン大久保エリアの東の端にあたる事に気づいた。明治通り沿いにも韓国系キリスト教会や謎の大陸系寺院の施設などもあって、そこそこエスニックに香ばしい。

八百屋の雑居ビルから交差点に向き合った斜向かいの建物を見ると、これまた昭和の純喫茶かよと思わせるレトロなテント屋根の喫茶リッキーの店舗が見える。殆どマンション街化したこの界隈では数少ない昭和の残滓。

しかも喫茶店に加えて「角のタバコ屋」までも兼業している所が実に昭和臭い。

それはいいんだけど残念ながら時代の流れに打ち勝てなかったらしく39年の歴史に幕を閉じて店を畳む事になったそうだ。このビルも建て替えるのかなあ。これで大久保二丁目交差点における最後の砦は向かいの八百屋ビル一軒だけという事になる。

明治通りを渡って戸山公園方面に歩いていくと、すぐ先が都営戸山ハイツの入口となる。戦後廃止となった陸軍戸山学校の跡地に戦災で家を無くした者や引揚者向けに住宅を整備したのが最初で、以後大規模団地として現在に至る。韓国人だらけの大久保エリアとは違いこちらは老人だらけで別の意味で異様な雰囲気である。

戸山ハイツ入口にある生協のスーパー前は年がら年中青空老人ホーム状態と化している。戦後の高度経済成長期を生きたご老人達が思い思いの余生を過ごしている。少子高齢社会とはよく言うがビジュアル的にここまで顕著に体感できる場所はそうそう無い。

「コープとうきょう」店舗脇から戸山ハイツ内へ。都営団地のくせに「ハイツ」だなんて小洒落た名前をつけたのは戦後のGHQ統治時代に団地を造成した時アメリカかぶれで何となく高台にあるからハイツにしよう、といった所らしい。ここも同様に老人だらけ。

そして団地内で堂々と露店を広げて靴を販売する謎の行商がいたりと戸山ハイツの中では今も「戦後」を生きる人々の日常風景が見られる。ある意味貴重な社会見学スポットだとも言える。

戸山ハイツアパート33号棟1階部分が商店街となっていて、色とりどりの万国旗が掲げられている。道を歩くのはご老人、さらに車椅子に座りながら日向ぼっこする爺さんの姿も。戸山公園一帯は新宿区のど真ん中にある異界。どんどん奥へ入ってみる事にしよう。

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人骨も出る新宿区の秘境地帯!旧陸軍用地「戸山ハイツ&箱根山」探索 (2011年)

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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