聖地巡礼、ヲタ自重!らき☆すた神輿が担がれる鷲宮神社「土師祭」見物 

久喜市

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関東最古の神社とも言われる埼玉県北葛飾郡鷲宮町の鷲宮神社。古墳時代における奈良の豪族・土師氏の先祖を祀る宮として築かれたという説に基づいて呼ばれる「土師宮(はじのみや)」という名称が訛ったのが「鷲宮」の地名の語源とも言われる。

そんな鷲宮において一年に一度の「土師祭」の日、アニメの聖地としてヲタが巡礼にやってきてから痛神輿まで担ぎ出される近年、一部には「恥祭」に名を改めるべきだと叩かれてはいるものの地元はこのまま聖地として突っ走る気満々のようで笑える。
らき☆すたヲタが狂喜乱舞する痛神輿出陣の時まで、しばし神社の境内をうろついてみようと思う。

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鷲宮神社の鳥居は、関東最古の神社と言われているだけあって見るからに年季の入ったものだ。
今でこそ「らき☆すた」の聖地扱いとなってしまいヲタ的要素にばかり目が行ってしまいがちだが、祭の名前にもある奈良の豪族「土師氏」が埴輪の発明者だった事と、数多くの埴輪が出土される行田市の「さきたま古墳群」の存在との関連性など、埼玉県北部における古代からの歴史を紐解いてみるのも面白い。

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神社の境内中央に絵馬掛け場がある。参拝もそこそこにヲタ共はこの場に掛けられる無数の「痛絵馬」鑑賞に熱を上げるのだ。

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夥しい数の絵馬はその殆どが「らき☆すた」のキャラクターの絵が描かれた「痛絵馬」になっている。しかも結構どれも絵のクオリティが高い。いわゆる痛絵馬職人だろうか。

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実は2008年初旬にも鷲宮神社を訪問して痛絵馬を鑑賞していたわけだが、その時と比べても明らかに質・量ともに充実しまくっている。

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もはや本来の「まともな」絵馬を探す事の方が難しくなってしまった(笑)

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痛絵馬職人によってはわざわざ「○○枚目」と書かれた絵馬の存在も少なからずある。一人で百枚近く書いている猛者もあってなかなか凄い。

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萌え絵が描かれた痛絵馬に次いで目立つのが「俺の嫁」シリーズ。二次元の世界でしか憧れを追う事ができないのか、あえて二次元の世界にのみ憧れを追い続けるのか…

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しかし同時に「三次元の彼女も欲しい」系の切実な願い事が書かれた絵馬も多い。傍から見ている限り参拝客が9割方男ばかりというのもシリアス。草食系男子どころか草すら食わんのかこいつらは。

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童 貞 卒 業
それは単刀直入すぎる(笑)
あまりに二次元の世界にのめりこみすぎたために三十代に入ってもリアル童貞のままという男の存在は意外に少なくない。都市伝説とかそんな非現実な話をしている訳ではなく本当に巷に有り触れている。
三十路過ぎの童貞はもはや「魔法使い」と呼ばれるレベルだ(→童貞で30歳を越えると使える魔法一覧

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そんな痛絵馬を観察し続ける男子の皆さん。何故かカウンター片手に絵馬の枚数を一枚一枚慎重に数えるオヤジや、綾波レイのフィギュアを大事そうに手に持ちながらうろつくオヤジの姿も見かけてすこぶるカオス。ここは一体どこのコミケ会場なんだよ。

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同じ痛絵馬とは言っても2ちゃんねらーの「痛い絵馬」の存在も見逃せない。やる夫くらいならば普通に出現する。

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くそみそテクニックの阿部さんも多数登場。どんだけ2ちゃんねらー多いんだよ。

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この状況を一言で説明するならば、絵馬掛け場が「2ちゃんねる」そのものになっているということです(笑)

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当然「2ちゃんねる」のノリで書かれるから、プロパガンダ的カキコも散見される。ドサクサ紛れに韓国人が「独島は我が領土」とハングルで書いて帰るのは靖国神社をはじめとする日本中の神社の絵馬掛け場ではよくある出来事。

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韓国人にやられっぱなしでたまるもんかとばかりにネトウヨさんも愛国心たっぷりの右翼絵馬を書いて帰るのだ。もはや「らき☆すた」とも鷲宮神社とも関連性のない独善的痛絵馬と化している。

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ウヨも元気なればサヨも元気で、護憲派の絵馬と改憲派の絵馬が張り合っている。鷲宮神社の絵馬掛け場はまさに「2ちゃんねる」以外の何者でもない。どないなっとるねんこの神社は。

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