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【日本の朝鮮】首都圏のコリアタウンまとめ(2018年改訂版)

日本列島のすぐお隣にある「朝鮮半島」。どんな外国よりも近い場所に寄り添いながらも全く違う文化・歴史を持ち、ある時代には渡来人が日本に渡ってきたり、秀吉に攻め込まれたり、または日本の統治下にもなり、そして労働力として多くの朝鮮半島出身者が日本に移り住んできたり、今でも戦後補償がどうこう、慰安婦がどうこう頭の痛い政治問題がこんがらがっている、切っても切れない腐れ縁のような間柄である。

日本には戦前から様々な理由で朝鮮半島から渡ってきた人々が集まって住み着いているコリアタウンが数多く存在する。戦前に成り立ったオールドカマー系、近年急増傾向にあるニューカマー系、一口にコリアタウンと言えども成り立ちやその特徴はそれぞれ。

当ページでは首都圏一都三県に点在するコリアタウンについて、規模の大小を問わず訪れた場所を簡単にまとめている。 2010年公開以来多数のアクセスを頂戴しているものの、いい加減内容が古くなってきたので今回改訂の上、ますます内容を充実させている。

新大久保(東京都新宿区)

イカニモ韓流観光地としての地位を不動のものとした新大久保。未だに大久保通りは観光客が多い

チーズタッカルビ発祥の店、新大久保「市場タッカルビ」の前は恐ろしい大行列が出来る

イケメン通りと呼ばれるようになった大久保通り・職安通りの間の路地

長らく新大久保のランドマーク的存在だったロッテ新宿工場。在日企業ロッテ発祥の地

バタヤ稼業の無宿者を受け入れて住ませて半世紀「百人町区営アパート」

【ニューカマー系/戦後発祥】
コリアン密度:★★★★★
街の規模:★★★★★
殺伐度:★★★☆☆
まず東京でコリアタウンと聞いて最初に思い浮かぶのが新宿の隣「新大久保」の存在だ。見たところニューカマー系韓国人が多いが、新大久保がコリアタウン化したのは戦後の事で、それまで木賃宿が並ぶドヤ街だった新大久保界隈は戦後になり在日系企業であるロッテの工場が出来た事もあり、ロッテの工場に勤める在日韓国人や韓国からの出稼ぎ労働者が集住し始めたのが新大久保コリアタウンの素地であると言われている。

今では韓国人旅行者を対象にした安宿や土産物屋、韓国人の定住地として店が乱立している。まさにパスポートのいらない韓国。街を歩けば日本語より韓国語が多く聞こえてくる。有名なのは大久保通りと職安通りに挟まれた一帯だが、職安通り南側の歌舞伎町エリアにもコリアタウンがはみ出している。街の猥雑さは首都圏随一の規模。近年は韓国だけに限らず、中国人やネパール人をはじめ、あらゆる国籍の人々が集まるインターナショナルな街に変貌しつつある。もはやコリアタウンという枠だけには収まりきれない。

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若松河田(東京都新宿区)

フジテレビの古巣・若松河田にある「東京韓国学校」

【ニューカマー系/戦後発祥】
コリアン密度:★★★☆☆
街の規模:★★☆☆☆
殺伐度:★☆☆☆☆
新大久保からもギリギリ徒歩圏ながらも、独特のコリアタウン感を見せているのが牛込地域の「若松河田」。かつては河田町にフジテレビの本社があり、曙橋駅前の商店街も「フジテレビ通り」と名乗るほどの街でもあったが、お台場移転後の旧フジテレビ跡地はUR都市機構の高層マンション「河田町コンフォガーデン」に生まれ変わり、その向かいの「東京韓国学校」に通う韓国人生徒の世帯にとっては人気の物件になっている。

とりわけ若松河田の辺りは東京に住む韓国人の中でもエリート層に属する世帯が多く、新大久保のそれとは若干異なっている。電柱広告がハングルで埋め尽くされているのはなかなかの壮観である。

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麻布十番(東京都港区)

韓国民団「韓国中央会館」と韓国大使館がある街・麻布十番

【ニューカマー系/戦後発祥】
コリアン密度:★★★☆☆
街の規模:★★★☆☆
殺伐度:★☆☆☆☆

麻布十番と言えば今どきの感覚で言えばセレブタウン扱いされてオシャレなカフェが並ぶような場所だと認識されているが、韓国大使館や民団本部ビルがあるなど実はコリアタウンとしての側面を持つ街なのだ。

大使館がある影響で日本に住む在日韓国人も多く訪れる場所で、当然それに合わせて韓国料理店も多いというわけである。駅前には綺麗なビルに収まってパチンコ屋や焼肉屋が地味に存在しているし、少し離れた元麻布の善福寺前の道には下町の臭いを残す長屋も残っている。

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赤坂(東京都港区)

政治の中心永田町の裏庭に広がるコリアン色濃厚な盛り場

【ニューカマー系/戦後発祥】
コリアン密度:★★★★☆
街の規模:★★★★☆
殺伐度:★★★☆☆

政府官庁街に程近い赤坂の街は戦前は旧陸軍の街として軍事施設が密集する土地で、空襲の標的となり灰燼と帰した街に再興したのがコリアタウンと反日放送局とウヨに叩かれるTBS放送センターという皮肉。

現在の赤坂は韓国企業の日本法人が密集する、在日経済の中心地。韓国大使館などがある麻布十番が在日韓国人のワシントンなら赤坂は在日韓国人のニューヨークである。

まだ白黒の街頭テレビだった時代に国民的英雄として人気を集めたプロレスラーの力道山も、在日朝鮮人である出自を隠して日本で実業家としての才能をこの赤坂の地で奮い、何の因縁か、若くして赤坂で命を落とした。

高級料亭街はなりをひそめ、かつて「ヤクザと韓国人しかいない」ヤッカン通りと呼ばれたエスプラナード赤坂通りや隣のみすじ通りを中心に、新大久保に負けないハングル看板が踊る、高密度コリアタウンである。

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品川(東京都港区)

品川駅港南口の路地裏飲食街にある居酒屋、その名も「路地裏」

高浜橋際のバラック群も橋の架け替えに伴い解体されてしまった

【オールドカマー系/戦後発祥】
コリアン密度:★★☆☆☆
街の規模:★☆☆☆☆
殺伐度:★★★☆☆

品川駅港南口と言えばサラリーマンがうじゃうじゃ居るようなエリアでもあるが、芝浦名物の食肉市場もあればガチなコリアタウンの片鱗も覗かせる港湾労働者街の趣きも見られる場所。とりわけ駅前一等地のドサクサ風味な呑み屋街にある居酒屋「路地裏」で食える韓国風激辛もつ煮込みはソウルフード感抜群。

そして芝浦四丁目「高浜橋」の脇には長い歴史を誇っていたホルモン酒場バラックがあった。戦後の不法占拠状態が長らく続いていた土地でもあったが「はるみ」に「やまや」の二軒は駅から遠く離れているにも関わらず大盛況で、知る人ぞ知るホルモンの聖地であったが、高浜橋の架け替え工事に伴い立ち退き済み、解体され現存しない。(はるみは芝浦三丁目、田町駅近く「芝浦ホルモン」内に移転)

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上野(東京都台東区)

戦後の佇まいが今に残るガチなコリアン飲食店街「東上野キムチ横丁」

如何わしさ満開の「上野仲町通り」もコリアン系店舗が多い

【オールドカマー系/戦後発祥】
コリアン密度:★★★★★
街の規模:★★★★☆
殺伐度:★★★★★

上野駅の東側一帯にはパチンコメーカーのオフィスばかりが立ち並ぶ異様なエリアが存在しているが、その一角に戦後のドサクサ感を残す「キムチ横丁」がある。焼肉屋やキムチ屋ばかりが土地の一画を占領している独特の光景が見られる。

キムチ横丁の成り立ちは戦後の昭和23(1948)年にアメ横あたりにあった闇市で商売をしていた在日朝鮮人を立ち退かせてこの場所に移転させたのが始まりだそうだ。狭いコリアタウンだが密度が非常に高く雰囲気が凄い。

さらに上野駅近くにある「仲町通り」もまた韓国人経営の飲食店や様々な店舗が密集するニューカマー系コリアタウンとなっていて、仕事帰りのサラリーマンオヤジ向けのアレな店に紛れて韓国系居酒屋が乱立している。

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浅草(東京都台東区)

在日コリアン系の店が非常に多い「ホッピー通り」。韓国食材ともつ煮が大量に消費される

激渋な佇まいの焼肉屋が密集する、ひさご通り横「国際マーケット」

【オールドカマー系/戦後発祥】
コリアン密度:★★★★☆
街の規模:★★★☆☆
殺伐度:★★★★☆

観光客の多い浅草寺参道を表の浅草とするなら、浅草寺の裏手に広がるやさぐれた居酒屋街は裏の浅草と言える。その「裏浅草」の顔が伝法院の裏手にずらりと並ぶ「ホッピー通り」などの安飲み屋街。

上野と同じく戦後のドサクサでバラック酒場を開いていた在日コリアンが多く集まる土地で、その名残りが続いている。呑み屋街に紛れて民族衣装を売る店舗もあれば、ホッピー通りの裏手には朝鮮総連事務所の跡地もあったくらい、コリアン色が強い下町でもある。

それにひさご通り商店街脇にも焼肉屋ばかりが並ぶ独特の路地裏地帯が隠れている。かつては「国際マーケット」「朝鮮マーケット」とも呼ばれたこの一画。知る人ぞ知る的スポットで殆ど観光客も来ないような場所となっており、まさしく裏の浅草と呼ぶにふさわしい。

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枝川一丁目(東京都江東区)

旧東京市が建設した「枝川町簡易住宅」の生き残りとされるバラック家屋

パッチギ!LOVE&PEACE スタンダード・エディション [DVD]

井筒監督の映画の舞台にもなっている街

【オールドカマー系/戦前発祥】
コリアン密度:★★★★★
街の規模:★☆☆☆☆
殺伐度:★★★★☆

今ではタワマンだらけのオシャレゾーンに変わってしまった豊洲駅から運河を一つ跨いだ先にある枝川一丁目。豊洲などと同じく昭和初期に造成された東京湾5号埋立地の一画で、昭和15(1940)年に開催される予定だった幻の東京五輪を前に、当時の東京市が江東区内の塩浜付近のスラム街に住んでいた在日朝鮮人を一斉にこの地に移転させたのが始まりと言われている。

今では鄙びた下町風景を残すだけとなっているが、ちらほらと韓国系ショップや焼肉屋が残る一方で、一部には旧東京市が建てた「枝川町簡易住宅」の生き残りと思われるオンボロバラック住宅が現存している他、朝鮮と日本の友好を願う地元の在日コリアンによって命名された「朝日児童遊園」もある。

在日コリアン一家の生き様を描いた井筒監督の映画「パッチギ!LOVE&PEACE」の舞台にもなった場所で、都有地の土地問題で揉めていた事でも知られる「東京朝鮮第二初級学校」が現存している濃密なコリアタウンだが、近年は韓国料理店なども閉店する店舗が相次ぎ、衰退が激しい。

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錦糸町(東京都墨田区)

生粋の日本人には読めないPOPが踊る、錦糸町の韓国スーパー「BIG5」

【ニューカマー系/戦後発祥】
コリアン密度:★★★★☆
街の規模:★★☆☆☆
殺伐度:★★★★★

JR総武線の東側エリアは総じて在日外国人が多く暮らすエキゾチックタウンに変貌しつつあるが、その中でも極端なのが錦糸町の存在。駅周辺のパチンコ屋や場外馬券売り場、それに外人バーやヤクザの姿が多いのもさすがと言った所だが、その一方でニューカマー系韓国人を相手にした飲食店も数多く存在する。特に「花壇街」とその周辺はハングル文字が踊る韓国系店舗が多数。とても日本にいる気がいたしません。

今では錦糸町の韓国人街が増殖してしまい、隣の亀戸にまで伸びてしまっている。亀戸もホルモン焼きや焼肉屋が乱立している肉食系下町で、当然韓国人の食文化とマッチしている。韓国人だけではなく、タイやフィリピンなど東南アジア系住民も非常に多い。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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