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日本の朝鮮、東京在日コリアン集住地…首都圏のコリアタウン一覧

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首都圏のコリアタウン

韓国の存在はいまどきのメディアでは「日本のお隣」などと軽々しく呼ばれていますが、日本と韓国はその近さから歴史的にも色んなしがらみを抱えたまま、離れられない腐れ縁のような関係でいます。

日本には戦前から様々な理由で韓国から渡ってきた人々が集まって住み着いているコリアタウンが数多く存在します。戦前に成り立ったオールドカマー系、近年急増傾向にあるニューカマー系、一口にコリアタウンと言えども成り立ちはそれぞれ。

日本にあるコリアタウンは、そのクオリティではどうしても大阪市生野区などがある関西に軍配が上がってしまうと思うんですが、それでも首都圏のコリアタウンの中には強烈な光景を残す場所が各所に隠されています。

東京DEEP案内では東京・神奈川・埼玉・千葉の一都三県に点在するコリアタウンについて、規模の大小を問わず訪れた場所を簡単にまとめてみました。街角探索の参考にしていただければ幸いです。

【東京】
新大久保|麻布十番|赤坂|三河島|東上野|上野仲町通り|浅草寺裏|枝川一丁目|錦糸町・亀戸|小岩|三軒茶屋|大山・大谷口|芝浦高浜橋|西新井
【神奈川】おおひん地区|戸手四丁目|新丸子|福富町|横浜橋
【埼玉】西川口|高麗
【千葉】千葉栄町|船橋駅南口

▲新大久保界隈、街中至る所ハングルだらけ。


JR新大久保・大久保・地下鉄東新宿駅周辺
【新大久保】まず東京でコリアタウンと聞いて最初に思い浮かぶのが新宿の隣「新大久保」の存在だ。

見たところニューカマー系韓国人が多いが、新大久保がコリアタウン化したのは戦後の事で、それまで木賃宿が並ぶドヤ街だった新大久保界隈は戦後になり在日系企業であるロッテの工場が出来た事もあり、ロッテの工場に勤める在日韓国人や韓国からの出稼ぎ労働者が集住し始めたのが新大久保コリアタウンの素地であると言われている。

今では韓国人旅行者を対象にした安宿や土産物屋、韓国人の定住地として店が乱立している。まさにパスポートのいらない韓国。街を歩けば日本語より韓国語が多く聞こえてくる。有名なのは大久保通りと職安通りに挟まれた一帯だが、職安通り南側の歌舞伎町エリアにもコリアタウンがはみ出している。街の猥雑さは首都圏随一の規模。一見の価値あり。

また、都営地下鉄若松河田駅と曙橋駅に掛けての一帯も、東京韓国学校がある影響で韓国系ショップや韓国人向け教育施設が集積していて、エリート向けコリアタウンとしての側面を持っている。

>東京DEEP案内「新大久保」周辺記事
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▲麻布十番は韓国大使館のお膝元である


地下鉄麻布十番駅周辺
【麻布十番】麻布十番と言えば今どきの感覚で言えばセレブタウン扱いされてオシャレなカフェが並ぶような場所だと認識されているが、韓国大使館や民団本部ビルがあるなど実はコリアタウンとしての側面を持つ街なのだ。

大使館がある影響で日本に住む在日韓国人も多く訪れる場所で、当然それに合わせて韓国料理店も多いというわけである。

駅前には綺麗なビルに収まってパチンコ屋や焼肉屋が地味に存在しているし、少し離れた元麻布の善福寺前の道には下町の臭いを残す長屋も残っている。

>東京DEEP案内「麻布十番」周辺記事

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赤坂

▲TBSの赤坂はコリアタウンの赤坂


地下鉄赤坂・赤坂見附駅周辺
【赤坂】政府官庁街に程近い赤坂の街は戦前は旧陸軍の街として軍事施設が密集する土地で、空襲の標的となり灰燼と帰した街に再興したのがコリアタウンと反日放送局とウヨに叩かれるTBS放送センターという皮肉。

現在の赤坂は韓国企業の日本法人が密集する、在日経済の中心地。韓国大使館などがある麻布十番が在日韓国人のワシントンなら赤坂は在日韓国人のニューヨークである。

まだ白黒の街頭テレビだった時代に国民的英雄として人気を集めたプロレスラーの力道山も、在日朝鮮人である出自を隠して日本で実業家としての才能をこの赤坂の地で奮い、何の因縁か、若くして赤坂で命を落とした。

高級料亭街はなりをひそめ、かつて「ヤクザと韓国人しかいない」ヤッカン通りと呼ばれたエスプラナード赤坂通りや隣のみすじ通りを中心に、新大久保に負けないハングル看板が踊る、高密度コリアタウンである。
>東京DEEP案内「赤坂」周辺記事

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▲西日暮里から東日暮里まで範囲が広い


JR西日暮里・日暮里・三河島・京成新三河島駅周辺
【三河島】いまや東京のコリアタウンの座は新大久保に明け渡された感が強いが、昔から脈々と続くコリアタウンはやはり荒川区三河島界隈であろう。JR西日暮里駅・日暮里駅・三河島駅・地下鉄三ノ輪駅・京成新三河島駅に囲まれた大規模なエリアである。

その多くは寂れた感じを見せているが、純朴な下町風景にハングル文字が飛び込む独特の光景はここでしか味わえない。

戦前から町工場が点在していたこの界隈に済州島出身者を中心に住み着いた歴史的経緯は大阪の生野区などと共通している。「在日」でも三代続けて東京に住めば「チャキチャキの江戸っ子」と言えるのか。

>東京DEEP案内「三河島」周辺記事
>東京DEEP案内「日暮里」周辺記事
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▲周囲はパチンコ村。高密度のキムチ臭


各線上野駅・御徒町駅から東側へ徒歩5分程度
【上野】上野駅の東側一帯にはパチンコメーカーのオフィスばかりが立ち並ぶ異様なエリアが存在しているが、その一角に戦後のドサクサ感を残す「キムチ横丁」がある。焼肉屋やキムチ屋ばかりが土地の一画を占領している独特の光景が見られる。

キムチ横丁の成り立ちは戦後の昭和23(1948)年にアメ横あたりにあった闇市に居た在日朝鮮人を立ち退かせてこの場所に移転させたのが始まりだそうだ。狭いコリアタウンだが密度が非常に高く雰囲気が凄い。

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▲不忍池の南側、文京区湯島に跨っている


JR御徒町駅から西側へ徒歩3分程度
【上野】上野駅近くには「キムチ横丁」の他にももう一箇所韓国人が多い繁華街「仲町通り」が存在する。上野広小路交差点の北西、不忍池南側に広がる歓楽街で、アレな店に紛れて韓国系居酒屋が乱立している。

上野二丁目(旧地名・池之端仲町)あたりは江戸時代から連れ込み旅館が並んでいた大人の社交場で、その名残りが続いている。

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▲浅草寺裏周辺に韓国人街が密集している


各線浅草駅から徒歩5分程度
【浅草】観光客の多い浅草寺参道を表の浅草とするなら、浅草寺の裏手に広がるやさぐれた居酒屋街は裏の浅草と言える。その「裏浅草」の顔が伝法院の裏手にずらりと並ぶ「ホッピー通り」などの安飲み屋街。

上野と同じく戦後のドサクサでバラック酒場を開いていた在日朝鮮人が多く集まる土地で、その名残りが続いている。
ホッピー通りの裏手には朝鮮総連事務所の跡地、それにひさご通り商店街脇にも焼肉屋ばかりが並ぶ独特の地帯が隠れている。殆ど観光客も来ないような場所で、まさしく裏の浅草である。

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▲井筒映画「パッチギ!LOVE&PEACE」の舞台


地下鉄豊洲駅から徒歩5分
【豊洲】今ではタワーマンションだらけのオシャレゾーンに変わってしまった豊洲駅から運河を一つ跨いだ先にある枝川一丁目。1928年に造成された東京湾埋立地の一つで、1940年に開催される予定だった東京オリンピックに合わせて当時の東京市が江東区内の塩浜付近のスラム街に住んでいた在日朝鮮人を一斉にこの地に移転させたと言われている。

今ではしなびた下町風景を残すだけとなっているが、ちらほらと韓国系ショップや焼肉屋が残る一方で、一部には当時の面影を残すバラック住宅が現存している。

在日コリアン一家の生き様を描いた井筒映画「パッチギ!LOVE&PEACE」の舞台にもなった場所で、今も土地問題で揉めている「東京朝鮮第二初級学校」が現存している。

>東京DEEP案内「豊洲」周辺記事

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▲墨東病院のそばが超ヤバイ


JR錦糸町・亀戸駅周辺
【錦糸町】JR総武線の東側エリアは総じて在日外国人が多く暮らすエキゾチックタウンに変貌しつつあるが、その中でも極端なのが錦糸町の存在。

駅周辺のパチンコ屋や場外馬券売り場、それに外人バーやヤクザの姿が多いのもさすがと言った所だが、その一方でニューカマー系韓国人を相手にした飲食店も数多く存在する。

今では錦糸町の韓国人街が増殖してしまい、隣の亀戸にまで伸びてしまっている。亀戸もホルモン焼きや焼肉屋が乱立している肉食系下町で、当然韓国人の食文化とマッチしている。韓国人だけではなく、タイやフィリピンなど東南アジア系住民も非常に多い。

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▲小岩駅東側に歓楽街が集まっている


JR小岩駅周辺
【小岩】錦糸町や亀戸が外国人だらけの街となっているように、その延長線上で小岩もすこぶるニューカマー系韓国人街として発展中。

主にその傾向が顕著に現れているのが駅東側に伸びる「地蔵通り」から東側の通りまでの一帯だ。小さいながらも戦後のドサクサのような風景も残っていて、新興マンション街が多いイメージの江戸川区の中ではベタな下町となっている。

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三軒茶屋

▲旧駒沢練兵場跡「世田谷韓国会館」が見所


東急三軒茶屋駅周辺
【三軒茶屋】猥雑さとは比較的縁がなさそうな東急沿線でも三軒茶屋だけは訳が違う。駅前の所謂「三角地帯」には区画整理の手が付かない闇市時代から残る細かい路地が広がっていて、居酒屋や商店街、廃墟や銭湯などが乱雑に密集している。

さらに首都高を跨いだ南側の商店街にも、大久保辺りにある「オムニ食堂」の支店があるなど、地味にコリアタウンが存在する。その先の都営下馬アパート脇に建つ築100年のオンボロ木造建築は旧駒沢練兵場時代の施設で、現在は民団の「世田谷韓国会館」に使われている。

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▲解体された大谷口上町のバラック群


東武大山駅から南西一帯
【大山】東武東上線沿線はどちらかと言えば池袋を起点とする在日中国人の生活文化が旺盛なエリアだが、大山界隈はオールドカマー系のコリアタウンとして地味に存在している。

駅前の雑多な居酒屋横丁も見逃せないが、商店街の先、川越街道南側には朝鮮学校が現存している他、大谷口上町の日大病院裏手に広がる窪地のスラム街はつい最近まで強烈なインパクトを示していた。現在取り壊されて改良住宅に建て替え中。

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▲芝浦四丁目高浜橋に建つバラック


JR品川・田町・地下鉄泉岳寺駅から徒歩
【品川】巨大ターミナル「品川駅」の東側は意外な事に見捨てられたような空間が広がっているが、品川と田町の間の運河に架かる芝浦四丁目の「高浜橋」北側のたもとには拍子抜けするようなバラック家屋が数軒残っている。

民家の中央をぶち抜いて走るガス管や、運河に半分迫り出したバラック民家の危うさも見た目に凄いが、特筆すべきが西側に3軒ほど焼肉屋が残っている事だ。

ここは食肉の本場「芝浦屠場」を目前とした焼肉とホルモンの穴場で知る人ぞ知る存在。年老いたオモニが一人で店を切り盛りする「やまや」は日テレのテレビドラマ「銭ゲバ」のロケ地にもなった。

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▲荒川沿いに広がる西新井周辺の韓国人街


東武西新井・大師前駅周辺
【西新井】東武伊勢崎線西新井駅から大師線でひと駅、西新井大師から荒川河川敷方面に広がる下町地帯は戦前から町工場が多く、三河島などと同じように在日朝鮮人が多く集住していた地域だ。

特に足立区関原・興野の一帯は戦前に荒川放水路の建設に携わった在日朝鮮人が集まった土地で、現在も濃密なコリアタウンが残っている。中でも朝鮮総連関係者が経営する某病院の存在はよく知られている。

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▲規模と歴史と存在感では首都圏随一


JR川崎駅からバス、京急川崎大師駅から徒歩20分
【川崎】首都圏のコリアタウンで見逃してはならないのはやはり川崎であろう。戦前、日本の近代化に伴なう京浜工業地帯の労働力として日本統治下にあった当時の朝鮮から多数の人間が渡ってきた。

川崎区桜本・大島・浜町の地名から地元の在日コリアンが「おおひん地区」と名付けたものが、そのまま地区の名称として各所で使われている。川崎駅からも遠く、寂れきった桜本商店街や焼肉屋が並ぶセメント通り商栄会などを歩くとただ寂しいの一言である。

特に日本鋼管(現・JFEスチール)の労働者だった在日朝鮮人が戦後のドサクサで日本鋼管の土地に居座って今なお土地問題が続く池上町、通称「群電前」は今も区画整理が入らずバラック家屋がバラバラに建つ独特の風景を見る事ができる。

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▲バラック村は消えてなくなろうとしている


JR川崎駅から徒歩20分
【川崎】川崎駅から多摩川に沿って1キロほど北上した所にある幸区戸手四丁目の河川敷バラック群は戦前から多摩川の砂利採取作業に従事していた朝鮮人労働者が集まってできた土地だが、戦後になって再び在日朝鮮人らが河川敷を不法占拠し住み続けていた。「土手下」とも呼ばれるスラム街で、長年インフラ整備が行き届かない劣悪な環境の土地に人々が生活を続けていた。

川崎駅にも比較的近いため、近年はマンション開発で戸手四丁目の河川敷もすっかりバラック家屋が取り壊されて、綺麗な新興住宅街へと姿を変えてしまった。しかしバラック村の北端一帯は古紙リサイクル業者「木下」の本社工場がそのまま残っていて、戸手四丁目バラック村の名残りを今に残している。

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▲武蔵小杉駅近く。小さなコリアタウン


東急新丸子駅周辺
【新丸子】中目黒、自由が丘、田園調布と、ひたすらオシャレタウンというイメージ一色の東急東横線が多摩川を境に180度真逆のド下町に変貌する。神奈川県最初の駅、新丸子駅を降りると目の前に広がるのはパチンコ屋やアッチ系の店などである。

ベタな下町に混じって韓国料理店や民団事務所の建物が存在していて、さすが川崎と思わされる。街の雰囲気から感じられるように、昔は遊郭も存在していたと言われる。
隣の武蔵小杉駅も、JR横須賀線の駅が開業したりタワーマンションが乱立するなど開発ラッシュに湧いているが、昔からの商店街はひたすら地味。無防備宣言のプロ市民事務所まであって、雰囲気は完全に川崎の下町といったところ。

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▲まるで外国のダウンタウンそのもの


JR関内駅から徒歩8分、京急日ノ出町駅から徒歩5分
【日ノ出町】横浜の旧市街地、伊勢佐木町界隈は街の中心地が横浜駅やみなとみらい方面にシフトしたことで寂れる一方の姿を見せているが、その反面で活気を見せているのが、イセザキモールから一歩内側に入った福富町を中心とした韓国人街だ。

まるで外国のダウンタウンを想起するようなやさぐれた繁華街に並ぶのは韓国料理店や中国系の店、そして横浜最大規模のピンクタウン。ハングル文字が並び雰囲気は日本の街並みではない。
隣接する若葉町や末吉町あたりにも韓国人街が広がっていて、古いヨコハマの景色はエスニックタウンとして急速に塗り替えられようとしている。

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▲根っからの下町、横浜の鶴橋


JR関内駅から徒歩15分、京急黄金町駅から徒歩6分、地下鉄阪東橋駅から徒歩2分
【阪東橋】横浜一のド下町商店街「横浜橋通商店街」は落語家桂歌丸氏の地元でもあり激安店舗が並ぶ庶民派商店街で知られているが、その一方で多いのがキムチ屋や韓国料理店などの在日コリアンの経営する店舗。

近年増加の一途を辿る韓国人街だが、イセザキモールや福富町、黄金町あたりまでのニューカマー系韓国人街と一体化していて、街中を歩いている人々も韓国語を話している光景が非常に目立つ。

商店街脇の真金町も元赤線地帯で、韓国料理店やタイ料理店が並ぶエスニックタウンだ。

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▲埼玉を代表するピンクタウン


JR西川口駅周辺
【西川口】埼玉県西川口と言えば、あまりにも有名な関東随一のピンクタウンとして悪名轟かせる存在だが、ダメオヤジの溜まり場としてだけではなく韓国人、中国人、その他外国人が集住する国際色豊かなカオスゾーンでもある。街中のハングル率の高さは埼玉でも群を抜いていて、隣の蕨なども含めて東京近郊で地価の安い街ということで貧民も国内外から多数流れ込んでいる。

鋳物産業が盛んだった川口市を含めて埼玉県南部は工業地帯が多い事もあり、戦前から労働力として集まった在日コリアンがそのまま住んでいる事が多い。

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▲高句麗の王族の末裔が住むとかなんとか


西武高麗駅、JR高麗川駅周辺
【高麗】秩父山地の手前、日高市という田舎地帯にも古代朝鮮にゆかりのある地名が存在している。朝鮮半島から逃れた高句麗の王族が住み着いたのがこの付近であると言われていて、高麗王若光を祭神とする高麗神社がある。

その事がきっかけで高麗神社を含めて日本の朝鮮として街おこしが繰り広げられていて、西武高麗駅前に巨大な韓国の道標が置かれたり、高麗神社の境内に行くと在日韓国人団体や在日コリアンが多いと言われる芸能人の名前が参拝者名簿に書かれていたり、韓流ドラママニアのオバハンが置いたと思われる、ヨン様の健康を祈る絵馬が飾られていたりする。

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▲ソッチ系の店だらけで酷い県庁所在地の繁華街


各線千葉駅から徒歩5分
【千葉】千葉駅から目と鼻の先にある中心市街地の栄町は、昭和38年に千葉駅が現在の場所に移転してくるまでは市内最大の繁華街だったそうだ。しかし今では県内有数のピンクタウンとしてその名を轟かせる。猥雑なソッチ系の店に混じってキムチ専門店や焼肉屋などが軒を連ねるのだが、廃屋や駐車場が斑模様に広がっていて雰囲気は「栄町」という名とは180度違っていてどこが栄えてるねん!といった感じだ。

夜の栄町商店街はひと気も少なく不気味だが韓国人向けの24時間スーパーだけが眩しい。ニューカマー系住民が増えているのか、ハングル率が非常に高い。

千葉市が軍都だった事もあって戦時中に大規模な空襲の標的になり焼き尽くされた中心市街地を戦後のドサクサで駅前一等地を三国人ヤクザが不法占拠した事で再開発計画に収拾が付かなくなり、結果千葉駅を含めた中心市街地を移転させるきっかけになったのではないかと言われている。

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▲平成の世に残る驚愕の倒壊バラック群


各線船橋駅から南側一帯
【船橋】船橋駅南口は大規模なペデストリアンデッキや西武百貨店などが建っているものの、一歩外れると戦後のドサクサで荒らされたような猥雑な街路が残っていて一見すると奇妙だ。

再開発道路の未着工部分にキリスト教会が立ちはだかっていて、その向かいは怪しげな店やらパチンコ屋。いかにも駅前コリアタウン的な街である。韓国料理店の数も多い。

船橋市役所に近い南本町の「山谷澪」と呼ばれる水路に沿って、戦後の住宅不足で不法に建てられたバラック住居が今も生々しく残っている。この南本町一帯が放棄された塩田の跡地に、戦時中から戦後に掛けて都内から疎開させられて集まった人々が家を建てて出来た住宅地で、その経緯から「都疎浜」と呼ばれている事も興味深い。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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